「わかっている」ことを示す

答案では、「わかっている」ことを示す必要があります。

でも、そもそも「わかっている」ってどういうことなんだろうね。

たしかに、そもそもそれがわからないよね。

基本的には

(ⅰ)そのものの理解
(ⅱ)対比の理解
(ⅲ)因果の理解
(ⅳ)例示・比喩の役割の理解

が問われていると考えましょう。

「わかっている」とはどういうことか

(ⅰ)そのものの理解

「問い」に即応する「主題ー結論(何がどうである)」を理解している。(descriptive)

(ⅱ)対比・比較の理解

説明すべき項目が「何ではない」のかがわかっている。(comparative)

(ⅲ)因果(きっかけ・目的・論拠)の理解

ある現象が「何を先行条件にして」生じた結果なのかがわかっている。(cause)

ある行為が「何を目的として」行われるのかがわかっている。(effect)

ある主張が「何を論拠にして」成り立つのがわかっている。(warrant)

(ⅳ)例示・比喩の役割の理解

「例示」は「例示によって・・・言いたいこと」のほうを理解している。(example)
    *「例示そのもの」は「取り換え可能」なものであるため、説明には適さない。

「比喩」は「たとえによって・・・言いたいこと」のほうを理解している。(simile/metaphor/metonymy)
    *「比喩そのもの」は「解釈を要する」ものであるため、説明には適さない。

「表現」については、細かく言うと次のような方針があります。

答案作成における表現の基本方針

(1)指示語は答案に持ち込まない。
    → 指示対象のほうを書く。

(2)比喩は答案に持ち込まない。
    → たとえられている実態・実物のほうを書く。

(3)例示は答案に持ち込まない。
    → 一般化する。

(4)傍線部「内」の「熟語」はそのまま答案に出さない。
    → 意味内容/別語句に言い換える。

(5)傍線部「外」の「熟語」は答案に使用できる。
    → 言い換えなくてよい。

(6)客観的かつ一般的な名詞は、傍線部の内外問わず、そのまま書いてよい。
    → たとえば「人間」「旅」「河川」「猫」「建物」など。

「指示語を答案に持ち込まない」「比喩を答案に持ち込まない」といったものは、答案づくりの基本姿勢です。逆を言えば、「傍線部」には「指示語」や「比喩的表現」が混入しやすいということです。それらを「解決」していくと、よい答案になっていきます。

なお、「指示語」は、「答案の内部の語句」を指しているのであればセーフですが、その場合でも多用は避けましょう。

(3)(4)について、どうして「傍線部」の熟語は言いかえたほうがよくて、「傍線部」の熟語はそのまま使用していいの?

これは、「応答」の根本原理にかかわります。

かりに「言葉は象徴である」という文に傍線が引かれていて、「どういうことか」と問われた場合、「問う側」は「傍線部」を「問い」に含めていることになりますよね。

ああ~。

たしかに、「傍線部の中身」はそもそも「問い」の一部といえるね。

そうなんです。

そもそも「それ」を「対象」として「問うている」わけですから、その文脈における意味内容のほうを説明する必要があります。

その際、「言葉」「人」「生物」のような「一般的な語句(それ以上説明しようがない語句)」は、文脈に左右されずに理解可能ですから、そのまま答案に使用可能です。

しかし、「象徴」のような「いわゆる熟語」は、筆者がどういう意味合いで使用しているのかわからないんですよ。だからこそ「説明せよ」と言われているわけです。

したがって、答案にそのまま使用することは避けたほうがいいですね。本文別箇所を参考にして、文脈に即した意味内容のほうを書きます。

じゃあ、どうして「傍線部外」の「熟語」はそのまま使用していいの?

理由は単純で、「その語句そのものが問われているわけではないから」です。

ある傍線部に対して「説明せよ」と問われる場合、本文別箇所で「説明」されているはずなんですね。そうでなければ設問として成立しません。

現代文の問題は「その箇所を指摘する」ことが求められているので、「ここを重要箇所として読みました」という「読解態度」を示すためには、使用可能な語句は使用したほうがいいのです。

あまり「自分のことば」にしすぎてしまうと、「解釈」が入りすぎてしまって、「筆者」の言いたいこととズレてくるおそれがあります。もちろん「解釈」は重要な営みなのですが、「答案」を作るうえでは「私オンリーの独自解釈」は出てこないほうがいいので、「筆者のことば」をうまく利用できるほうがよいと考えます。

たとえば、傍線部の内容を述べているとみなせるところに「中心化」という語があるとして、そのまま使用していいの? 

傍線部「外」であれば使用可能です。

そういうときに、「ちょっと何を言っているのか不明瞭だな・・・」と考えるのであれば、「使ったうえで補足」がいいですよ。

たとえば、「人間の操作可能な領域に中心化して」などと書けば、ただ「中心化」とだけ書くよりもずっと内容が伝わりますよね。

このように傍線部「外」の熟語は、それを使用したうえで、何らかの補足をしていく対応をするのがベストです。

たしかに、そもそも「この熟語をキーワードとして拾ってほしい」という出題意図もありうるからね。

答案を仕上げるうえで、傍線部「外」の特定のキーワードが必須になることはとても多いです。

傍線部「外」の熟語は、傍線部「内」を説明するうえでの「キーワード」になっていることも少なくありませんから、そのまま書くほうが無難ですね。

気をつけたいのは、「選択肢問題」のときです。「選択肢」の場合は、傍線部「外」のキーワードをそのまま使うと簡単になりすぎてしまいますので、それを「本文に存在しない表現」に言いかえることが多いです。

たとえば、「ことばによってそこにない風景が眼下に広がる」という表現を「ことばは現実とは別の情景をいきいきとイメージさせる」などと言い換えることは平気でやってきますよ。

選択肢は「表面的な言葉」ではなくて、あくまでも「意味内容」で正誤判定しましょう。