「どういうことか」「なぜか」の解答方針

大前提

答案をつくる際の姿勢として、次のことを意識しておきます。

〈大原則〉答案は、「設問」と「応答」するように書く。

*「傍線部」がある場合、傍線部は設問に含まれる

加えて言うと、次のことが重要です。

〈大原則〉答案は、「本文のどこを読んだか」がわかるように書く。

*「傍線部」がある場合、傍線部「外」のどの部分から答案が作られたのかわかるように書く。

言い換えると、「出題者(問う側)」は「傍線部以外は見ていない(知らない)」という前提に立つということです。

たとえば、傍線部に「A」という比喩表現がある場合、本文の別箇所からその「実態A´」を探し出して答案に書き込みます。

このとき、もともと傍線部内にあった「A」を答案に出す必要はありません。「出題者」と「解答者」のあいだで「傍線部そのもの」は共有されているので、「A´」が「A」の実態であることがわかれば問題ないからです。

〈原則〉

「どういうことか」は、傍線部内に書かれていることを傍線部よりもくわしくする

 *指示語は「指示内容」を補充する。 → もとの指示語はカットする。
 *比喩表現は「直接内容」を補充する。 → もとの比喩表現はカットする。
 *多義的表現は「文脈に即して規定」する。 → 

〈ポイント〉

「どういうことか」は、傍線部内に書かれている・・・・・・内容をわかりやすく書き直したものが「答案の核心」である。

「なぜか」は、傍線部内に書かれていない・・・・・・・内容を見つけ出して書きこんだものが「答案の核心」である。

「どういうことか」

「どういうことか」という設問に対する基本姿勢は、「傍線部内のわかりにくい部分」「わかりやすく書き直す」ことです。

「わかりにくい部分」というのは、多くの場合、

「指示語」
「比喩的な表現」
「曖昧な表現(多義的な表現)」

になります。

(ⅰ)「指示語」「指示内容」を過不足なく書く。
   「指示語そのもの」は答案から除外する。

(ⅱ)「比喩的表現」「実態」をつきとめてそちらを書く。
   この場合「比喩そのもの」は答案から除外する。

(ⅲ)「曖昧な表現(多義的な表現)」は、その文脈における意味に規定する。
   もとが客観的な表現であれば除外する必要はない。補足によって説明を果たす。

「なぜか」

「なぜか」に対する基本姿勢は「傍線部内に存在しない情報を探して書き込むこと」であり、それが「核心」です。

ただし、「核心」だけを書き込んでも論理関係が不明瞭になることも多く、その場合、「主語や目的語」といった「述語の前提」について説明を付け加えることがあります。

したがって、「なぜか」に対する答案は、次のようになりやすいものです。

主語の言い換え(目的語の言い換え) + 理 由 から。

このあと「3種類」の「なぜか」の話をするのですが、込み入った文になってくると、次の(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)が複合的に問われていることもあります。

強調しておくこととしては、(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)のどれであっても「主語」は答案に書くことが基本であり、「述語」は書かないケースが多いということです。その理由は後述します。

3つの「なぜか」 

細かい話に入ります。「なぜか」は「理由」が問われている問題ですが、ひとくちに「理由」と言っても、大きくみて次の3つがあります。

(ⅰ)原因・きっかけ( cause 型 )

  「ある結果」に対しての「実態としての前提」を答える。

(ⅱ)目的・意図・効果・影響( effect 型 )

  「ある結果」によって成立が期待される「次の状況」を答える。

(ⅲ)論拠・判断材料( warrant 型 )

  「筆者(表現主体)」がそのように「判断」した「論拠」を答える。

単純に「なぜか」と問われている場合は(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)のどれになるのか考える必要がありますが、「いえるのはなぜか」と問われている場合は(ⅲ)で確定して大丈夫です。

(ⅰ)原因・きっかけ

(ⅰ)は、「ある結果(現象)」に対して、実態として「前」にある出来事を答えます。

この場合の「ある結果」は、何らかの意図や目的をもった行為ではなく、「成り行きで結果的にそうなる」ものです。

たとえば、「氷が解けると水になる」とか、「森を切り開くと砂漠化が進む」といったものです。

答案は「傍線部」から見て「現象的に先行する条件」を答えることになります。

したがって、傍線部の主語と答案の主語が異なることもありえます。

一方、「主語」がないと「何の話」をしているのかわからなくなってしまうので、「主語」は書きこんでおくことが基本です。特に「主語(主部)」が傍線部自体に明記されていない場合は、必ず書き込みます。

ただし、「このときよしおが叫んだのはなぜか」というように、設問において主語が規定されている場合には、答案において主語を省略しても大丈夫です。

「設問」は、「出題者」と「解答者」が「お互いわかっているもの」だからです。

(ⅱ)目的・意図・効果・影響

(ⅱ)は「傍線部の論理」が成立するとして、「次」に起こる(起こりうる)ことを答えます。

言いかえると、傍線部の「アクション/イベント」が成立することで、どんな「エフェクト」が想定されているのか、ということを答えることになります。

「次に起こる(起こりうる)こと」は、「成り行きで結果的に起こること」ではなく、傍線部の行動の「前」に「主体者が予測・期待していたこと」になりますから、小説問題では「目的・意図」と考えたほうがわかりやすいですね。

この場合、「次に起こること」が解答の「核心」であり、「傍線部そのもの」が条件的な「前提」になります。

つまり、「意図型」の「なぜか」は、実態の流れとしては、「傍線部そのものの成立」を前提(先行条件)として、そのうえで「次に起こる(起こりうる)ことを書く」ことになります。

したがって、答案の字数に余裕がある場合には、「傍線部そのもの」+「次に起こる(起こりうる)こと」のすべてを書き込んでよいことになります。

たとえば、今日中に家に帰りたいよしおが、終電間際に駅に向かって走っていたとして、「よしおが走っているのはなぜか」と問われた場合、

「よしおは、走ることで終電に間に合うと思ったから」とか、

「よしおは、走らなければ終電に間に合わないから」などと書くことができます。

もちろん、「解答の核心」「理由にあたる部分」なので、「傍線部そのもの」は、状況次第で圧縮したりカットしたりすることになります。

「傍線部」はすでに「出題者」と「解答者」のあいだで共有されているので、「応答的」にはいちいち繰り返さなくてもよいものですが、「論理的」にはあったほうがよいものです。

さらにその「傍線部」は、多くの場合、「主語」が省略されていたり、「比喩的な表現」であったり、「指示語」が含まれていたり、そもそもわかりにくいものになっています。

したがって、「意図型」の「なぜか」は、

傍線部そのものの説明傍線部が成立すれば起こること から。
    ①            ②

* ②は必須/①はあるほうがよい

というイメージで答案を構築します。

(ⅲ)論拠(判断材料)

傍線部の論理を簡素化した際、次のような構造になっている場合、「論拠w」を問うているケースが多いといえます。たとえば次のようなものです。

彼は ≒ 大納言だ。(述語が主語に対する何らかの名称・たとえになっている)
彼は ー 誠実に働く。 (述語が主語の状態や性質になっている)

こういう場合の「述語」は、「主語」の「中身そのもの」を説明しています。

仮に「述語」の「表現」が「行為」であっても(たとえば「行く」「隠れる」「疑う」など)であっても)、実質上は「主語」の「状態・性質」を意味している場合も少なくありません。

問いの形式がシンプルな「なぜか」である場合は、(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)すべての可能性がありますが、「いえるのはなぜか」と問われている場合は、(ⅲ)の「論拠」型だと判断してOKです。

「論拠」型の例を見てみましょう。

〈傍線部の例〉
言語は   ー  記号である。
 ↑        ↑
主 語      述 語(主語に対する何らかの名称

〈答案の例〉
言語は、  ー 物体や現象の代替として機能するから。 (記号であるといえる)
 ↑            ↑                ↑
主 語          論 拠              答案には不要

ここでの「論拠」は、「主語」の意味内容を説明しているとも言えますし、「述語」の意味内容を説明しているとも言えます。

「物体や現象の代替として機能する」という「内容」が、「言語」についても「記号」についても当てはまるからこそ、この「論拠」を介して、「言語はー記号である」と言えるわけです。

ということは、この構造は、丁寧に書けば「三段論法」であるといえます。

言語は、物体や現象の代替として機能する。
    物体や現象の代替として機能するものは、記号である。

よって、言語は ー 記号である

もう一例見てみましょう。

〈傍線部の例〉
戸締りは  ー  完璧だ。
 ↑        ↑
主 語      述 語(主語の状態や性質

〈答案の例〉
戸締りは、 ー すべての窓とドアを施錠したから。   (完璧であるといえる)
 ↑           ↑                 ↑
主 語         論 拠               答案には不要

この例でも、「論拠」は、「主語」の意味内容を説明しているとも言えますし、「述語」の意味内容を説明しているとも言えます。

そういったことから、この「論拠」型の問題は、多くの場合「主語」の意味内容を「述語」に沿うかたちで説明する問題になります。

ちょっとしたコツがありまして、このタイプの問題は、

主語は、 論拠 という点で、述語である。

という構文に放り込むと考えやすくなります。

このタイプの発展型として、

「AはBではない」といえるのはなぜか
「AはBとは違う」といえるのはなぜか

と問われることがあります。

この場合、「A」が「B」と「逆」であることを説明すればよいことになります。つまり「相違点」を説明するということです。

たとえば、

「入試において、国語は重要ではない」といえるのはなぜか。

という問題があり、本文において、

国語は ー 合否に影響しない
        ≠
      合否に影響するものが ー 重要である

という関係が読解できる場合、答案は、

「国語は合否に影響しないから。」というものになります。

「論拠」型の問題は、「2つのもの」の「類似性」を説明することが基本姿勢なのですが、逆に「相違性」を説明させる場合もあるということですね。

【発展】 「論拠」型の「どういうことか」

「どういうことか」と問われているときであっても、「S ≒ P(Sの別名・たとえ)」あるいは「SーP(Sの状態・性質)」という傍線部の構造である場合は、「論拠・判断材料」の補充が求められている可能性があります。

(1)傍線部の主語が、いわゆる「主題主語」である。
(2)傍線そのものが短く、「補充」が必要である。

という場合、「論拠w」が必要になることがけっこうあります。

考え方は「いえるのはなぜか」に近いのですが、「どういうことか」と問われている以上、

主語の説明 ー (+ 論拠 )ー 述語の説明 ということ。

というように、「主語ー述語」をしっかりと説明したあとで、あくまでも「補充」の観点で「論拠」を追記することになります。

国立大学の二次試験などは、すべての問題が「どういうことか」になることもありますが、よく見るとそのうちの一つ二つが、「論拠」型の問題になっている場合があります。

つまり、「いえるのはなぜか」に近い「どういうことか」の問題が、それなりの頻度で出現するということです。

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