【小論文】

本屋さんで売っている小論文の本を読むと、本によって言っていることがバラバラで、どう書いていいかわからなくなるぜ。

まったくだ。

大学で書くような「論文」ですと、一定の決まった書き方がありますが、「小論文」はその10分の1程度の「超圧縮版」ですからね。

その「圧縮の仕方」は、「こうでないといけない」と定まっているわけではありませんから、参考書によって「おすすめの構成」がバラバラになるのは仕方ありません。

その状況において、「おすすめの構成」はどうやって決めるんだ?

大学入試で高得点を取っていった受講生の答案を徹底的に平均化していくのです。

実際の入試だけではなくて、模試なども参考にします。当勉強会でも年間100人くらいの答案を参考にしていくのですが、有用なデータになるまでは20年くらいかかりましたよ。

ふむ。少なくとも20歳は超えているということだな。

どちらかというと、2,000人くらいのデータを取ったんだなと言ってほしかったのですが、まあ、それはさておき、市販の参考書の中でも、特にIntroduction(序論)の書き方は様々ですね。「決まった書き方はない」と言い切ってもいいくらいです。

では先ほどの話に出てきた、入試で高得点を取っていった受講生が平均的にどんな書き方をしていたのかを教えて。

Introduction(序論)に必須なのは、「主題(テーマ)」です。テーマはたいてい「議題(論点)+問題提起」で構成されるのですが、このうち「問題提起」は、表現上「問い」の形式になっているとは限らないので、広く「主題(テーマ)」と考えておくといいですね。

さらに、「主張(論文内で最も大切な核となる一文)」を示しておくのが望ましいです。

「主張は小論文の最後にあればいい」という考え方(尾括型)もあります。たしかに「主張」はその考察における「ゴール」と言えますから、「その論文のエンディング」にあるといいのですね。

ただし、その「ゴール」が最初のほうにも書いてあったほうが、読者はその小論文がどこに向かうのか想定しながら読むことができます。そのほうが「解釈ストレス」が減りますね。最初に方向性がわかったほうが、内容を理解しながら読んでもらえるのでオトクです。

以上の理由で、「主張=ゴール」をIntroductionにズバッと書いてしまうことをおすすめします。

小論文の最初のほうにも最後のほうにも主張を書くということね。

そうです。双括型と言います。ハンバーガーみたいなイメージです。

さて、「Introduction」に主張まで書いたら、それで終わりでもいいのですが、さらに、「理由そのもの」を端的に示すか、「理由の数」を示すなどして、「理由(原因・論拠)」について何らかの言及をしておくといいですね。

Introductionで「理由」にふれないのであれば、「理由」は次の段落(Body)の最初に書きましょう。どちらの型であっても、「主張」の次に・・「理由」が書かれることが大切です。

「理由」が複数ある場合には、それぞれBodyで説明していくことになりますから、Introductionで詳しく説明する必要はありません。ただし、理由が複数あるのであれば、先に「理由の数」を示しておくと、読者が先の展開を予測しやすくなります。そのため、Introductionの最後に「理由は2つある。」とか「以下、3つの論点に分けて考察する。」などと、「理由(論点)の数」を示しておくことをおすすめします。

ふむ。

「まとめ」に「展望」まで書くのは無理しなくてよい。

最後に「展望」まで書くのはなかなか難しいね。

「展望」は、「案(主張)にしたがうとこれからこうなる」ということを書くわけだよね。

でも、「これからこうなる」を書きすぎちゃうと、「新しい話題」みたいになっちゃうんだよね。

なんかいろいろ書きすぎちゃって、赤ペン先生に「一貫性がない」と書かれてしまうんだ。

難しく感じるなら「書かない」で大丈夫です。

「展望」はあったほうがポジティブな印象があって、小論文のフィナーレがかっこよくなるんですけど、実際の入試の小論文の「設問」と「制限字数」の関係を見ていると、そこまで求めてきている課題はまずありません。

600字程度の制限字数で「展望」まで書こうとすると、かえって他の重要な論点が落ちてしまうことがあるので、「無理して書かない」という方針にしておくのがいいですね。

それに、たとえば、「死刑の是非について」などの「対立型」の論や、「文学は戦争の対義語たりうるか」といったような「意味づけ型」の論の場合、「未来に向けて何かを提案していく」というタイプの小論文になりませんから、「展望」の書きようがないのです。

以上の理由で、「展望」は、「解決策型の小論文」で、しかも「制限字数に余裕があるとき」にだけ書けばいいです。

ほっとした。

「Yes」or「No」が言える内容に

以前、赤ペン先生に、「結論に比喩を書いてはいけません」と書かれたんだ。

「比喩」は論文のどこにも書くべきではありませんが、結論については特にダメです。

論文というものは、「議論の対象」になるものなので、「次に議論する人たち」が、「賛成 or 反対」できるものでなければなりません。

たとえば「政治にがんばってほしい」「人命は尊重すべきだ」などの結論はNGです。「政治ががんばること」や「人命を尊重すること」は、いわば当たり前のことであって、〈Yes or No〉で議論する対象にならないからです。

ひとつ引用します。

argument(議論)で述べられる結論は、それに対して賛成派と反対派が議論を始められるものでなければなりません。たとえば、結論が「私にはわからない」であるなら、それに対して賛成派と反対派が議論を始めたら「私にはわからない」「いや、あなたにはわかる」の議論となり、ナンセンスです。

小野田博一『13歳からの論理ノート』

この引用で述べられているように、「まとめ」は、そのまとめに対して〈Yes or No〉の議論を始められるものでなけばならないのです。

多くの受験生が誤解していますが、優秀な論というのは、「反論の余地がまったくない主張」ではないのです。そこで議論が終わってしまうような主張は未熟です。

たとえば、前述の「政治」や「人命」の例で言えば、「政治はαについて予算を投入すべきである」とか、「人命はβの方法を用いて尊重すべきである」などとすれば、「いや、αではなく、γについて予算を出すべきだ」「いや、βではなくπの方法が有効だ」などと反論することができますね。

ポパーが言っていたやつだな。

そうです。

カール・ポパーは、科学の本質は「反証可能性」と言いました。「証拠さえあれば反対することがでるもの」こそが科学なのであって、「反論」を受け付けない意見は科学ではないのです。

たとえば、「悪魔は存在する」という意見は、科学的ではありません。それについて、〈Yes or No〉を科学的に(根拠をもって)述べることができないからです。

とにかく、「反対することがそもそもできない意見」は、小論文のまとめにはふさわしくないと考えましょう。

ふむ。

同じ理由で、「わかりきっていること」や「決まりきった事実」もだめです。

「太陽は東から昇る」とか「1600年に関ヶ原の戦いがあった」などといった決まりきった事実で論を終えるのもダメです。「いや、西から昇る」とか「いや、1600年に関ヶ原の戦いはなかった」とは言えないからです。決まりきった事実に反対することはできないので、そういう結論は未熟です。

逆を言えば、「出来事」でも、決まりきっていなければ主張になることがあります。たとえば、「本能寺の変を計画したのは明智光秀ではなかった」というのは、「決まりきった事実」ではありません。どちらかといえば、一般論とは異なるものです。こういうものは十分「主張」になります。
(ただし、「主張」する以上は、説得力のある「証拠」が必要です)

おれの誕生日は明日だ。

というのはどうだ?

え?

おめでとう!

決まりきっていることであれば、論文の主張にはなりません。

でも、もし「12月20日説」と「2月29日説」で意見が分かれているとして、最近「2月29日」の日付がある写真が出てきたとして、「したがって、2月29日である」などと主張することには価値があります。

いや、決まりきった事実として明日だ。

論文としての価値はありませんが、おめでとうございます。

「私たちは宇宙船地球号に乗る家族なのだから、地球にやさしくしよう」なんていうのもだめなんだな。

「小論文」としてはだめですね。

比喩的で、解釈を必要とするからです。

「地球にやさしく」という表現も、ポジティブなイメージはありますが、どうやさしくするのかが書かれていないから、賛成・反対が言えません。

反対をおそれてぼんやりしたことを書くより、きっぱり言い切って反対されたほうがいいのか。

そこが最大のポイントですね。

たくさんの受験生が誤解していますが、優秀な小論文は、「反論の余地がまったくない主張」ではないんです。そこで議論が終わってしまうような主張は、むしろ未熟だと思ったほうがいいですね。

もう、世界の半分くらいに反対されたほうがいいね。

反対を許さないより、そのほうがずっといいです。

たとえば囲碁部の部員たちが、「強くなるためにはどうすべきか」という議論をしようとして、ある一人が、「みんなでがんばれば行けるよ! がんばろうよ!」と言ったとします。それは議論ではなくて、感情の表明にすぎません。

「がんばろうよ!」だと、周囲の部員は、それに対して〈Yes or No〉を言うことができませんね。この場合、「朝6時から練習をしよう」とか、「対局のあとにじっくり感想戦をやろう」といったように、〈Yes or No〉の対象となる結論が必要です。

もちろん、日常生活で「がんばろう!」がいけないって意味ではありません。小論文には議論と無関係な感情を混ぜちゃいけないということです。

したがって、私は〇〇法案に賛成である。

なんていう「まとめ」は、あっさりしすぎていてあんまりよくないと思っていたけれど……。

「賛成である/反対である」という結論は、それに対して【Yes or No】を言うことができますから、十分論理的です。

時間が足りなくて困ったときは、結論を何も書かないよりは、「したがって、私は~に賛成である。」くらいは書いておいたほうがよいですね。

結論は「こう書こう」よりも「こう書いてはいけない」が大切

これまで見てきたように、Conclusion(結論)には、「こう書いてはいけない」という「忌避項目」があります。

「忌避項目」が多いぶんだけ、誰が書いても似たような形式になるのが「結論」です。

結論ではむしろ「個性」を出さないように注意しましょう。

先に話したこと以外にもいくつかありますので、最後にそれを箇条書きにしておきます。

「まとめ」の忌避項目

a.だらだら書かない。  *2文 or 3文がベスト
b.新しい話題を出さない。
c.精神論は書かない。
d.比喩などのレトリックは用いない。
e.説教しない。
f.誰かのせいにしない。
g.ポエムを書かない。
h.反論できないことを書かない。
ⅰ.夢物語(現実的でないこと)を書かない。