パーソナリティー
【東国武士】 司会進行的な役割
【みみながいぬ】 あしが短くて耳が長い。論理的思考力がなくもない。
【さすらいねこ】 いろいろさすらっていたねこ。発想力が豊か。
時間の手段化
こないだ『モモ』ってやつを読んだよ。
ミヒャエル・エンデの『モモ』かな。
あれは傑作だよね。
時間泥棒ってのが怖いね。
近代の時間に対するとらえ方について考えさせられる物語だよね。
我々の社会は、能率化、高速化していくけれど、果たしてそれが正しいことなんだろうかって。
まあ、でも何でも速いほうがいいよ。新幹線とか。
チーターとか。
リニアモーターカーとか。
ヒョウとか。
ちょいちょいネコ的な存在を推してきている!
でも、新幹線に乗って、ぴゅーっと目的地に着くことがいいことだって思うこともあるけれど、『速さ』だけに価値を置いていくと、移動している最中の時間はできるだけ速いほうがいいってことになるよね。
そりゃあ、そうだよ。できればワープが望ましいもの。
でも、そう考えてしまうと、【移動している最中の時間は無意味】ってことになってしまうよ。
ちょっと何を言っているのかわからないよ。
移動の時間はなるべく短いほうがいいという考え方だと、移動の時間そのものに意味を見出せていないことになるじゃない。
でも、新幹線で速く移動するのと、各駅停車でもったり移動するのとじゃ、新幹線のほうがいいのは決まってるじゃん。
「もったり」って初めて聞く単語だけど、のんびりしたニュアンスをけっこう上手に伝えている言葉だね。
え、ちょっ、これ流行るかな?
流行語大賞いけるかもな!
さすらいねこの発表した「ロンリータイガー・オンリーミー」よりいけるかな?
事実上の決勝戦だな。
いや、まあ、話を戻すと、みみながいぬとさすらいねこは、各駅停車のゆっくりとした電車に乗って、名前も聞いたことのない駅にいくつもとまって、たまには駅弁なんか食べてみたりして、そこの地元の人たちの会話とか雰囲気とかを味わったりして、っていうのは好まないの?
いやいやいや、好まないわけないよ。むしろ大好きだよ。
仙台の【牛タン弁当】、北海道の【いかめし】・・・・・・
横川の【峠の釜飯】、名古屋の【びっくりみそかつ】、浜松の・・・・・・
いいよ、もういいよ、二人とも! 二人が駅弁大好きだってことは十分伝わったから!
もういいの? このあとまだまだ出てくるよ。
あ、そうだ、今度駅前の百貨店の駅弁大会行こうよ。
自分は駅弁大会にはうるさいよ。
自分もうるさいよ。
駅弁! 駅弁!
駅弁! 駅弁!
うるさいって、叫ぶことじゃないよ! 詳しくてこだわってるってことだよ。それから、話がだいぶそれたよ!
とにかく、各駅停車には各駅停車の、しみじみしたよさがあるよね。
ある! あるよ! 駅弁のことを言われたらこっちの負けだよ!
目的地にたどり着くあいだの時間にも意味があるってことを言いたいわけだな。
そう、そうだよ。やっと話が伝わったよ。
確かに自分がメキシコをさすらっていたころには、電車なんて1・2時間遅れるのが普通だったけど、待ってる人は、歌を歌ったり、バザーを始めちゃったりして、待ち時間そのものをけっこう充実させていたな。
東京じゃ考えられないね。数分遅れると大騒ぎだからね。
そう、だから、待ち時間とか、移動時間といったものを、【目的地にたどり着くまでの空虚な時間】と考えてしまうと、たとえ10分を5分に短縮できたとしても、結局その5分は【無意味な時間】とみなされてしまうんだよね。それは時間を手段としてみなしているようなものなんだ。
それよりも、2時間待たされても、歌を歌って楽しんでたほうがいいかもね。
考えてみると、いろいろあるね。
買い物とかも、近くのコンビニで、手早く買い物ができたほうがいいって、たくさんの人が思ってるよね。
自分がさすらっていたアメリカ中部の村なんかでは、買い物するときに、みんな交渉するんだよ。20は高いから、15にして、いやいや、15は安すぎるから、18だ、とか。
で、結局、長々と話した後で、えーい、もう、10で持ってきなー、みたいなことになる。やれやれ、今までの交渉なんだったんだ?って感じになる。
でもそれは、交渉そのものが、買い物のための単なる手順じゃなくって、会話を楽しむっていうそれ自体の価値になっているんだろうね。
日本のショッピングモールなんかでは、イラッシャイマセーって機械っぽく言ってるだけで、なんだか味気ないところも少なくないよね。
お客の側も挨拶を返さないことが多いけど、そういうある意味で異常な行動が、むしろ当たり前になってしまっている状況があるね。
うん、そうだね。
いずれにせよ、我々は、ついつい時間を手段化してしまっていることを反省して、どこかにいく【途中の時間】とか、【待ち時間】なんかを、大切にしなきゃいけないよね。
こないだ陶芸をやったんだけど、陶芸は、器のかたちをつくって、釜に入れて焼くよね。器は、数時間待たないと完成しない。時間を短縮させることが決してできないんだ。
映画もよく観るけれど、あらすじだけわかっても決して感動できない。実際に始まることころから最後まで、時間をかけてこそ、ラストで感動を味わえる。
こういった【一定の時間をかけないと価値が発生しない】というような営みに、時間の意味を考え直すきっかけがありそうだね。
たしかに映画なんかは、長い時間をかけて観たからこそ、感情移入して感動できるところがある。
友人たちとの関係とかも、時間をかけて一緒にいたことによって深まる側面があるよね。
そうだね! もったりしようよ!
さっき作ったことばを当たり前のように使いこなしている!
ロンリータイガー・オンリーミー
張り合わなくていいし脈絡がわかんないよ!