ミロのヴィーナス③

「ミロのヴィーナス」のラスト!

重要な問題を1つやってみよう。

「手というものの人間存在における象徴的な意味」とあるが、どういうことか。

⑦なぜ、失われたものが両腕でなければならないのか? 僕はここで、彫刻におけるトルソの美学などに近づこうとしているのではない。腕というもの、もっと切り詰めて言えば、手というものの人間存在における象徴的な意味について、注目しておきたいのである。それが最も深く、最も根源的に暗示しているものは何だろうか? ここには、実体と象徴のある程度の合致がもちろんあるわけだが、それは、世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段である。言い換えるなら、そうした関係を媒介するもの、あるいは、その原則的な方式そのものである。だから、機械とは手の延長であるという、ある哲学者が用いた比喩はまことに美しく聞こえるし、また、恋人の手を初めて握る幸福をこよなくたたえた、ある文学者の述懐は不思議に厳粛な響きを持っている。どちらの場合も、極めて自然で、人間的である。そして、例えばこれらの言葉に対して、美術品であるという運命を担ったミロのヴィーナスの失われた両腕は、不思議なアイロニーを呈示するのだ。ほかならぬその欠落によって、逆に、可能なあらゆる手への夢を奏でるのである。

ははーん。

正解は、

世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段。

でいいんじゃないかな。

「核心」はそれでOKだね!

仮にこの問題が、

「意味」とあるが、それはどのようなものか。

と問われていたのであれば、その「核心」だけでほぼ満点だよ。

でも、この設問は「どういうことか。」と問われているから、「名詞句」で答えるのではなくて、「文構造」にして解答するほうがいいね。

つまり、

〈主語〉は〈述語〉であるということ。

という構文にしたほうがいいね。

ああ~。

「体言そのもの」が問われているのであれば、「体言の意味内容」をただ述べればいいけど、ここは「傍線部はどういうことか」と問われているわけだから、「傍線部の論理関係」を再現したほうがよいということだな。

そうだね!

「交渉の手段である」という「述語」に対応する「主語(主題)」を考えた場合、「手」を答案に入れておいたほうがいいね。

この傍線部でいうと、

手は、人間存在における象徴的な意味を持つ。
(手は、人間存在を象徴的に意味する。)

などの文構造として再構築できるから、答案はその構文に沿って、ひとまず次のように書くことができる。

〈及第点答案〉

手は、人間存在にとって、世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段としての意味を持つということ。

ふむふむ。

「人間存在」とか「意味」とかの語句はそのまま使っていいの?

大丈夫だよ。

そもそも「どういうことか」に対する「説明」というものは、「傍線部以外を参照しなければ何を言っているのかわからない部分」について、「傍線部以外の表現」を活かして、「筆者が言いたいことの内容を書くことなんだ。

つまり、「語のレベル」での「言い換え」というよりは、「傍線部の表現によって何が言いたいのか、その〈中身〉を書く」という意識が大切になる。

傍線部内の「語句」を「辞書的なことばの次元」で置き換えるというのは、「説明の本質」ではないんだ。

さて、「人間存在」「意味」といった語句は、「傍線部の外側を参照しなくても単独で成立している」よね。この「人間」を「人」と言い換えたり、「意味」を「内容」と言い換えたりすることは、それほど意味があることではないんだ。

だから、「傍線部の外部を参照しなくても伝わる語句」をいちいち言い換える必要はないんだね。

ただし、こういった語句が「難解な語句」である場合には、辞書的意味にかみ砕いたほうが「得点アップ」につながることはある。

たとえば「自恃(じじ)」なんていう語が傍線部内にある場合、それを答案では「自尊心」などと書き換えるのは「上級者の方法論」だ。

「どういうことか」の問題の場合、「傍線部内の語句」は、本文別箇所を参照して「内容説明」に書き換えるほうがよい。ただし、次の(1)(2)に該当する語句は無理せずそのまま書いて問題ない。

(1)本文別箇所を参照しなくても理解できる語句である。
(2)辞書を引かなくても理解できる一般的な語句である。

まあ、こういう「普通の語句」は「採点対象」になっていない可能性が高いということだな。

出題者からしてみるとそれが真実だね。

たとえば、次のような傍線部があるとして、

 日 常 会 話 は 麻 薬 で あ る 。
〈一般的な表現〉  〈比喩的な表現〉

これについて「どういうことか」と問う場合、その設問は「麻薬」がどういうことを述べているのかを中心的に聞いていることになる。

その際、「日常会話」のほうは「傍線部の外側を参照しなくても伝わる一般的な語句」だから、「そのまま書く」で問題ない。

これを「どう言いかえるべきか・・・」と悩んでいる時間は試験中にはないから、答案のどこが「最も点になるか」を考えて取り組んだほうがいいよ。

そうだね!

「象徴」は、「抽象的観念が、具体物により暗示されている(連想される)」ということだよね。

そういう点では、「手」という物体的なものによって、「人間関係」という観念的なものが暗示されているというニュアンスが答案に出ると、一段階「上」の答案になるよ。

そもそも本文中に「暗示」っていう語句があるから、これを使っておこう。

〈高得点答案〉

手は、人間存在にとって、世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段であることを暗示的に意味するということ。

*「交渉の手段」は、「交渉の関係を媒介する」「交渉の原則的な方式」などでも可

たしかに「暗示」まであったほうが、筆者が言いたいことにいっそう近づいた感じがするね。

「人間とは世界や他人や自分と交渉する存在である」という定義をした場合、「そのことを最もよく示す身体の部位はどこか?」と質問されたら、やはり「手」を答える人が多いだろうね。

握手をしたり、触ったり、あるいは、互いに武器を持って戦うことだって「交渉」の一形態だよね。

そういう観点で、「手」は、「人間」が「世界」や「他人」や「自分」と交渉する存在であるということを「暗示している部位(連想させる部位)」だと言える。

答案に「暗示」っていう語があるから、傍線部内の「象徴的」という語に「言及した」と言えるんだな。

そうだね。

さっきの〈高得点答案〉は、次のように書くと、いっそう「象徴的」をかみくだいて説明しているといえるね。

〈別解〉
手という具体物は、人間が世界、他人、自己と交渉する存在であることを暗示する意味をもつということ。

そうだね! 

時間がなかったら「象徴的」とそのまま書いておけばいいよ。そうすれば減点はされないから。加点項目に入っているかどうかは微妙なラインだけど、近場に「暗示」という「言い換えに使用できる語句」があるから、取り替えておいたほうがいいよ。

こういう場合に(傍線部内に重要性の高い語句がある場合に)、

① 言及なし → 減点
② そのまま書く → 減点加点なし
③ 適切に言いかえる → 加点

という法則がはたらきやすいんだ。

その点、「人間存在」や「意味」という語は、本文の別箇所を参照しなくても理解できる一般的な語として処理できるし、それ以上平易に書くことはできないレベルの語だよね。

こういうのはそのまま書いても問題ない。

ふむふむ。

最後に注意点なんだけど、

世界と、他人と、あるいは自己との、

という表現を圧縮したい場合に、「世界」を抜いちゃったり、「自己」を抜いちゃったりするのはやめよう。

ここでは「世界/他人/自分」が「列挙」されているわけだから、ひとつ書くならすべて書く必要がある。

「あるいは」は抜いていいけど、「世界/他人/自己」は「すべて使う」のが正しい解答姿勢だよ。

ああ~。

たとえば「制限字数」がもっと短い場合に、「世界と自他」なんて書くのはOKなの?

「自他」という語が「自分と他人」を意味できているから大丈夫だよ。

意味が変わらなければOK

そこまで「詰める(圧縮する)」ことをリクエストしてくる入試問題はそれほど多くないけど、難関大になるほど「ある程度の圧縮」が必須になるから、受験勉強の最後は「詰める(圧縮する)」技術が必要になると考えておこう。