「ヒトは一人では生きていけない」とあるが、それはなぜか。20字以内で説明せよ。
①人間関係に悩むのは、ヒトという種の宿命かもしれない。
②ヒトは一人では生きていけない。ウミガメの赤ちゃんのように、卵からかえったそのときから自力で生きていくというわけにはいかない。
③ヒトは自然の中で生きていくには弱すぎる。キリンやウマの赤ちゃんは産まれてすぐに立ちあがるが、ヒトの赤ちゃんが立ちあがって歩けるようになるには一年くらいかかる。成長しても外敵から身を守るための牙や角もない。逃げようにも足は遅い。体毛もないので寒さにも弱いし、けがもしやすい。

後ろにある「ヒトは自然の中で生きていくには弱すぎるから。」という部分を使えばいいね。
ただ、20字を超えているので、意味内容が変わらないように圧縮しよう。
〈解答例〉
ヒトは自然の中で生きるには弱すぎるから。

この解答例のなかで特に重要なのが
「自然」
「弱すぎる」
の2つだよ。
どうしてかというと、「ヒト」や「生きて(いけない)」という論点は「傍線部内」にすでにあるよね。
「なぜか」という問題は、「傍線部に書いていない内容」を答えることが「答案の核心」になると考えておこう。
もちろん「ヒト」「生きていく」が入っていたほうが、説明として意味が通りやすいから、あったほうがいいのは確かだけど、配点は「自然」「弱すぎる」という論点のほうが高くなるよ。

「どういうことか」という問題とは違うの?

「どういうことか」は、反対に、「傍線部に書いてあることの内容」を説明するための問題だから、もしもこれが「どういうことか」という問いだったら、「ヒト」「生きていけない」といった論点こそが「答案の核」になるよ。
「どういうことか」の場合は、傍線部そのものの内容にふむこむのが基本だと考えよう。
〈ポイント〉
「どういうことか」は、「傍線部の表現によって何が言いたいのか」が「答案の核」になる。
「なぜか」は、「傍線部に書いていないこと」が「答案の核」になる。
「私たちの祖先は群れをつくった」とあるが、それはなぜか。
④そこで私たちの祖先は群れをつくった。もちろん、群れをつくる動物はほかにもいる。ヒトが違っていたのは、言葉を発明し、仲間同士で密接なコミュニケーションをとって、互いに協力し合える高度な社会をつくったことだ。
⑤「おれが獲物を追いこむ。おまえは、あっちで待ち伏せしていろ。」とか「このキノコには毒がある。食べてはいけない。」など、情報を共有し合うことで、ヒトは自分たちの弱さを補い合い、さらに、それを強みに変えてきた。

「なぜか」の問題なので、「傍線部に書いていないこと」を探す必要がある。
さて、「群れをつくる」というのは、自然現象ではなくて、「意図的な行為」だよね。ということは、何か目的があって群れをつくったことになる。
ちょうど真後ろに「仲間同士で密接なコミュニケーションをとり、互いに協力し合える高度な社会をつくった」という情報がある。これこそ「目的・意図」だと言える。
〈解答例〉
仲間同士で密接なコミュニケーションをとり、互いに協力し合える高度な社会をつくるため。

「言葉を発明し」はなくていいの?

字数に収まるなら入れたほうがいいけど、入らないからあきらめる。
ただ、解答例の「コミュニケーション」を「交流」とかに書き換えれば、「言葉によって」という論点を入れることはできるね。
ちなみに具体例を挟んだ直後に、
情報を共有し合うことで、ヒトは自分たちの弱さを補い合い、さらに、それを強みに変えてきた
という情報があるよね。ここは、さきほど「解答例」にした意味内容と同じようなことを述べているから、こちらの表現を答案に使用してもOK。
〈解答例その2〉
情報を共有し合うことで、自分たちの弱さを補い合い、強みに変えるため。

具体例の前後は、「筆者の言いたいこと」として同内容になることが多い。
「コミュニケーションをとる」と「情報を共有し合う」は、広い意味では同じようなことを言っている。
だから、最初の答案で「コミュニケーションという語が長いな・・・」と思ったら、こちらの「情報を共有し合う」のほうを使っても、採点上の差はないよ。
「過剰なつながりが、自分をあやつり人形のようにコントロールしている」とあるが、それはどういうことか。40字程度で具体的に説明せよ。
⑰会ったこともないSNS上の他人の言動にひどく傷ついたり、ネットで知った極端な思想に染まってしまったりするなど、つながりすぎることは、自分の心のあり方が、見えない他者によって決められてしまう危険をはらむ。深く食いこんだつながりに、思考や感情や行動までもが乗っとられてしまうのだ。
⑱だが、つながりを断ち切れば自由になれるというわけではない。人とのつながりなしに自由はありえない。大事なことは、「つながりにとらわれないこと」だ。そのためには、つながりを断ち切るのではなく、ゆるめることだ。
⑲過剰なつながりが、自分をあやつり人形のようにコントロールしている。そのつながりの糸をゆるめてみる。すると、「自分はこうしたい」と思っていたことが、実は自分と一体化していた他者が望んでいたことだったと気づくことがある。そして、改めて、その他者の声に耳を傾けるゆとりが生まれる。風が通るのは、そんなときだ。

「どういうことか」だから、「この傍線部の表現によって何が言いたいのか」を考えよう。

ということは、逆に、「何が言いたいのかわかりにくい」ところを解決していけばいいわけだな。

そうだね!
ポイントはいくつかあるんだけど、典型的なのは「指示語」と「比喩的表現」だと考えておこう。
「どういうことか」の問題には、たいていの場合「指示語」か「比喩的表現」がからんでいるから、それを解決するのが最重要になる。

ああ~。
そうすると、この傍線部で「最もわかりにくい」ところは、「あやつり人形のようにコントロールしている」という直喩表現のところだといえるね。

そうだね!
その「実態(内容)」として、「深く食いこんだつながりに、思考や感情や行動までもが乗っとられてしまう」という説明がある。
ここを使うと「核がある答案」になるね。
さて、ここの「深く食いこんだつながり」という表現は、どちらかというと傍線部の「過剰なつながり」のほうが「客観的な表現(比喩的でない表現)」だから、取り換えなくて大丈夫。
ただし、この「つながり」というのは、「人間同士のつながり」を意味しているわけだから、「人間関係の」とか「他者との」といった表現を付け加えておくほうがいいね。
〈解答例〉
過剰な人間関係のつながりが、自分の思考や感情や行動までも乗っとってしまうということ。
「風通しのよいとき」とあるが、それはどのようなときか。40字程度で説明せよ。
⑫「自由」も「ありのままの自分」も「自分らしさ」も、他者との関係なしにはありえない。「自分」とは他者とのつながりからできている。他者との関係が風通しのよいとき、初めて「ありのままの自分」や「自分らしい自分」でいられるのだ。
⑬ところが、その風がなかなか通らない。なぜだろう?
⑭その理由の一つは、人と人が、つながりすぎたことにあるのではないか。
⑮つながりたいというのは、人間の基本的な欲求だ。人はつながることによって、さまざまな困難を克服してきた。しかし、過剰なつながりは、かえって人を不自由にする。
⑯現代では、家族、学校、会社などのリアルな人とのつながりに加えて、インターネットやSNSなどがもたらすバーチャルなつながりが、人の内面世界に奥深く食いこんでいる。
⑰会ったこともないSNS上の他人の言動にひどく傷ついたり、ネットで知った極端な思想に染まってしまったりするなど、つながりすぎることは、自分の心のあり方が、見えない他者によって決められてしまう危険をはらむ。深く食いこんだつながりに、思考や感情や行動までもが乗っとられてしまうのだ。
⑱だが、つながりを断ち切れば自由になれるというわけではない。人とのつながりなしに自由はありえない。大事なことは、「つながりにとらわれないこと」だ。そのためには、つながりを断ち切るのではなく、ゆるめることだ。
⑲過剰なつながりが、自分をあやつり人形のようにコントロールしている。そのつながりの糸をゆるめてみる。すると、「自分はこうしたい」と思っていたことが、実は自分と一体化していた他者が望んでいたことだったと気づくことがある。そして、改めて、その他者の声に耳を傾けるゆとりが生まれる。風が通るのは、そんなときだ。

傍線部の外側だけど、「他者との関係が」というのが主語になるから、「他者との関係」という論点は入れておきたいね。
この「風通しのよい」という比喩については、「端的に内容を説明している箇所」が見当たらないので、筆者が言いたいことを広く見て、自分なりにまとめる必要がある。

「他者とつながってはいるけれど、つながりすぎていない状態」という感じかな。

そうだね!
最終段落の最後に「風が通るのは、そんなときだ」という表現があるよね。
最後のほうに、「大事なことは、つながりを断ち切るのではなく、ゆるめることだ」と書いてあるね。
最終段落には「つながりの糸をゆるめる」という表現もある。
〈下書き〉
他者と過剰につながりすぎず、つながりをゆるめているとき。

ただ、「ゆるめる」というのが、やや比喩的だといえるので、「適度な距離感がある」などのように、客観的な表現で書けたほうがいいね。
〈合格点答案〉
他者と過剰につながるのではなく、互いの関係が適度な距離感を保っているとき。

十分によい答案だけど、「過剰につながっている状態」というのが、「どのくらいのつながり」なのかが少しイメージしにくいね。
ここまでの筆者の主張を見ていくと、「風通しのよい状態」はきっぱり説明されていないけれど、「風がなかなか通らない状態」はしっかり説明されていた。
それは前の問題で扱った「過剰なつながりが、直前にあやつり人形のようにコントロールしている」という部分。これこそ「つながりすぎているときの状態」だといえるね。
したがって、「他人にコントロールされるほどはつながらない」といった説明ができる。
制限字数が短ければ、「コントロール」を「支配」とか「操作」などに言い換えてもOK。逆に制限字数が長ければ、「コントロール」の内容に踏み込んで、「自分の思考や感情や行動までも乗っとられてしまう」と書いてもOK。
こういった「くわしさ」は制限字数の長さによって調節することになるよ。
〈高得点答案〉
他者に支配(操作)されるほど過剰につながるのではなく、互いの関係が適度な距離感を保っているとき。
〈字数が長ければ・・・〉
他者に自分の思考や感情や行動までも乗っとられてしまうほど過剰につながるのではなく、互いの関係が適度な距離感を保っているとき。
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