白(一)(二)

(一)

「傍線部そのもの」が意味している内容を正確につかむことが求められる難問である。

これは「定着」あるいは「完成」という状態を前にした人間の心理に言及する問題である。

さて、傍線部が存在する文は、

これは、 〈 傍 線 部 〉 に言及する問題である。
 ↑                 ↑
主語S               述語P

という構造になっている。

傍線部が文全体ではなく「部分」に引かれていることに注意しましょう。

「文全体」は、たしかに「直前の推敲の話」を意味していますが、「傍線部そのもの」は、直前の話題とは無関係に存在しています

たとえば、次のような例を考えてみよう。

ボブソンは、「グローブはいつも時間をかけて磨いている」と述べた。

これは、一流のスポーツ選手に共通する心理に 言及する問題である。
主語S                     述語P

「文全体」は、たしかに直前の「ボブソンの発言」を指している。

ところが、傍線部自体については、ボブソンの話を限定的に意味しているわけではないことになる。傍線部は、ボブソンの話そのものではなく一流のスポーツ選手全般の話をしているのである。

設問(一)を解くにあたってまず重要なのはこの理解である。「これ」という指示語に着眼するあまり、直前の話題を拾いすぎてはいけないということだ。

傍線部を再確認すると、「人間の心理」とある。しかし、「これ」の指す内容は、「詩人の話」に限定されている。

つまりこの「詩人の話」は、「完成・定着という状態を前にした人間の心理」の話にくらべると「狭い話題」なのである。一種の「例示」と考えてよい。

ここは「詩人」の話が語られているが、筆者の主張を伝えることさえできれば、たとえば「絵画」「書道」「俳諧」「歌合せ」「ダンス」などの話でもよかった箇所なのである。

「例示」がある場合、その「前」あるいは「後」、場合によっては両方に、その例示を挙げてまで言いたい主張があるはずである。そちらが解答の〈核心〉になる。

したがって、さらにさかのぼって、〈①段落〉から〈核心〉を探してみよう。

白は、完成度というものに対する人間の意識に影響を与え続けた。紙と印刷の文化に関係する美意識は、文字や活字の問題だけではなく、言葉をいかなる完成度定着させるかという、情報の仕上げと始末への意識を生み出している。白い紙に黒いインクで文字を印刷するという行為は、不可逆な定着をおのずと成立させてしまうので、未成熟なもの吟味の足らないものはその上に発露されてはならないという、暗黙の了解をいざなう。

ここでの「意識」「了解」という語は、「心」の状態であるのだから、傍線部の「心理」と対応している。ここをまとめるとよい。

以上のことから、ひとまず次のような〈下書き ver.01〉が成り立つ。

〈下書き ver.01〉
人間は、言葉をいかなる完成度で定着させるかという、情報の仕上げと始末に際し、その不可逆性ゆえ、未成熟で吟味の足りないものを発露してはならないと暗黙に了解するということ。

ここには「言葉」と書かれているが、先ほど見たように、傍線部は、

「定着」あるいは「完成」という状態を前にした人間の心理

という部分のみに引かれているので、傍線部直前の例示である「詩作」に限定されるような「言葉」の話題にとどめないほうがよい

本文を最後まで読んでいくと、「書や絵画、詩歌、音楽演奏、舞踊、武道」などと、言語にはとどまらない「表現活動」が示されています。

さらに、「音楽や舞踊における『本番』という時間は、真っ白な紙と同様」と述べられています。

さらには「武芸(弓)」の話まで出てくるのであり、筆者はそれらの話題も、「表現を完成させる際の人間心理」の例として扱っていますね。

つまり、「本文全体」を読んだうえで考えると、「定着・完成を前にした人間の心理」の話題は、「言葉」の話題に限定されるものではないのです。

以上のことから、「完成あるいは定着を前にした人間の心理」という表現における「完成あるいは定着」とは、言語活動にとどまらず「あらゆる表現活動における表現行為」を全般的に意味していると読解するほうが適当である。その一つの例として、筆者は「推敲」の例を挙げたのだ。

したがって、この設問に答えるにあたっては、直前の話題を取り込みすぎることは避ける。そのため、「白い紙」「書く」という語句は出さずに、「表現活動」「表現行為」などとしておくほうがよい。

以上により、次のような〈下書き ver.02〉が成り立つ。

〈下書き ver.02〉
人間は、表現行為の不可逆性ゆえ、定着の際に完成度を意識し、未成熟で吟味の足りないものを発露してはならないと暗黙に了解するということ。

さて、先に「詩人」の話は安直に使用しない、と述べたが、「これ」という指示語があることからも、もちろんまったく関わっていないわけではない。〈核心〉とは言えないまでも、無視をするのは極端であるから、何らかの言及はしておくほうがよい。ただしそうであっても、「詩人」の話として限定されてしまうものではなく、人間の表現行為全般にあてはまる論点を抽出するべきである。

たとえば、この「詩人」の例を、「画家」「写真家」「俳人」「舞踏家」などにしたとしても、「逡巡する」「微差に執着する」といった「客観表現」は、そのまま通用する。したがって、「逡巡」あるいは「微差に執着する」といった意味内容は答案に使用可能である。

以上により、次のような〈答案〉が成立する。

〈答案〉
人間は、不可逆な表現の定着の際、微差に執着し、逡巡するほど完成度を求め、未成熟で吟味不足のものを発露せぬよう暗黙に了解するということ。

〈さらに簡潔な答案〉
不可逆な表現行為の仕上げや始末に及ぶ人間は、未成熟で吟味不足の完成度にならぬよう、細心の注意を払うということ。

〈論点チェック〉
人は         (ないと減点)
不可逆           ① 「訂正不能」なども可 
仕上げや始末        ① 「完了」「成立」なども可 
微差に執着・逡巡      ① 「細心の注意を払う」なども可
完成度を意識        ① 
未成熟で吟味不足にならない ①  

(二)

このような、達成を意識した完成度や洗練を求める気持ちの背景に、白という感受性が潜んでいる

「このような」というのは「広い指示語」なので、前の部分の「要点」を拾えるとよい。

「達成を意識した完成度や洗練を求める気持ち」に意味内容として対応するのは直前の「推敲~の美意識」である。そして、どうして「推敲の美意識」が生まれるのかというと、「表現を定着することは不可逆な営みである」からである。

そのため、ひとまず前半を説明すると、次のようになる。

〈下書き〉
仕上げの不可逆性ゆえに、より高度な表現にすべく推敲する美意識の背景には、白という感受性が潜んでいるということ。

「このような」が指しているのは、ひとつ前の段落からであり、そこには「押印」などの例が挙げられています。

したがって、答案では、「紙」と書くのはセーフですが、「書く」と限定してしまうのはアウトです。

「白という感受性」については、その前の段落に

訂正不能な出来事が固定されるというイマジネーション

とあり、「イマジネーション」が「感受性」と対応していると考えられるので、そこを拾う。とはいえ、「訂正不能な出来事が固定される」という意味内容は、さきほど拾った「仕上げは不可逆である」という意味内容と重複しているので、これらを並べて書くだけでは、同じことを繰り返して書いているような答案になってしまう。

〈同じ意味内容を繰り返しているような答案〉
仕上げの不可逆性ゆえに、より高度な表現にすべく推敲する美意識の背景には、白紙に表現すると訂正不能な出来事が固定されるというイマジネーションがあるということ。

そこで着目したいのは、傍線部自体の

このような、 A に B が潜んでいる

という構文である。「このように」ではなく、「このような」となっている点に注意しよう。

このような A は B である。

という構文の場合、「A」がそれまでの内容のキーフレーズであり、「B」は、このあと発展して述べていくものになりやすい。

今回の文章においても、直後の段落で「感受性」の説明が発展的に続いていくと読解できる。

そこには、「未成熟」「つたない」と言った表現があり、そういうものを紙面に定着させることに対して「呵責の念」をもつという内容になっている。つまり、「白いものに何かを表現する」ときには、できるだけ「未成熟」で「つたない」ものにはしたくないという意識があるのだ。「感受性」の説明としては、そのあたりも無視したくないので、その要点も取り入れ、次のような解答にするとよい。

〈解答例〉
仕上げの不可逆性ゆえに、より高度な表現にすべく推敲する美意識の背景には、白いものに訂正不能なつたない結末を残したくない感情があるということ。

前後の文脈から、「白紙」という「紙の話題」として書いて問題ないと考えられるが、厳密には「白という感受性」と述べられているのであり、この言い方は「紙」に限定された話ではなく、「白」という「概念」についての意識を主題にしている箇所だといえる。

そのため、本来であれば「紙」という語を使用せずに述べたほうが「白という感受性」の説明としては適切である。

また、「不可逆」と「訂正不能」は意味内容として重複しているので、字数が厳しければどちらかをカットしてよい。

なお、傍線部の前半と後半を入れ替えて、次のように解答してもよい。

〈別解答〉
白いものへの訂正不能な表現の定着に臨み、未熟な完成を避ける感情から、仕上げを最良の出来にしようとする推敲の美意識が生まれるということ。

〈論点チェック〉
白いものへの表現     ① 「白紙に文字を記す」などの場合、加点なし 
               「白」の論点がない場合、減点①点
訂正不能(不可逆)    ① 「取り返しがつかない」なども可
つたない(未熟)     ①  同趣旨ならOK       
よりよい表現に仕上げる  ① 「最良の表現で完成」「少しでもよくする」なども可 
推敲の美意識が生まれる  ①  同趣旨ならOK