思わず方言になって電話口で叫ぶ

「なぜか」の問題です。

象のブランコ―とうちゃんと

工藤直子『象のブランコ―とうちゃんと』からの出題です。

本書は随想ですが、エピソードが中心なので、小説のような読後感もあります。

さて、筆者である「わたし」は、東京の広告代理店で働くようになります。そこに、実家のある大分から、父が様子を見に来ました。以下は、それに続く場面です。

昭和三十年代に入り、多少豊かになった日本の。それも東京駅のホームで、父の第一礼装は異様に目立った。兄夫婦の家に泊まるという父を連れて山手線に乗ったわたしは、気恥ずかしさのせいで不機嫌に無口だった。あめ色に変色したカンカン帽をふりたててしゃべる父の大分なまりは、山野に住む人特有の大声で山手線の車両に響きわたり、周囲の注目をあびていたのだ。

工藤直子『象のブランコ―とうちゃんと』

大分からやって来た父は、

「お前がどげな仕事やっちょるのか、何度きいてもわからんのう」

と言いますが、兄の家で上機嫌に話していました。しかし、「私」は、気恥ずかしさもあって、ろくな返事もせずに自分の家に帰ってしまいます。

以下は、それに続く場面です。

翌々日、兄から会社に電話がかかった。今東京駅のホームで父を見送ったという。わたしは驚きあわてた。父が数日滞在するものとばかり思い、のんびりふくれっつらの気分でいたのだ。なぜ見送りに呼んでくれんじゃったと、思わず方言になって電話口で叫ぶと、直子は仕事が忙しそうじゃから呼び出してはかわいそうだ、そっと仕事をさせちょけ、と父がとめたのだという。田舎者の父を恥ずかしく思った自分が腹立たしかったのと、もう当分は父に会えないという思いとで、受話器を置いたわたしはトイレにこもって泣いた。

〈問〉傍線部「思わず方言になって電話口で叫ぶ」とあるが、それはなぜか。80字程度で説明せよ。

前提①

端的に答えれば、

驚きあわてたから。

ということになります。

しかし、これだけ書いても、場面の実像がイメージできません。何に対して驚きあわてたのか、「像」を明確にしましょう。

父が自分の知らない間に地元に帰ってしまったことに驚きあわてたから。

前提②

「私」が言ったセリフにも着眼しましょう。

「なぜ見送りに呼んでくれんじゃった」

です。

「父」は、わざわざ大分から東京まで子どもに会いに来たわけですから、通常であれば、地元に帰るときには「空港」とか「新幹線の駅」とか、それなりの場所まで見送りに行くことになるでしょう。

しかし、「私」には「帰る日」が知らされていなかったので、それができなかったわけです。

にもかかわらず、「兄」は見送りをしたわけなので、「私」からしてみれば、その行為を責めたい気持ちもあったのだと推察されます。

もちろん「責めたい」と書いてあるわけではないので、くっきりとそれを書くわけにはいきません。あくまでの本文に書いてある情報から、答案を構成していきましょう。

「自分も見送りに行くべきだった」という心情は、前後の文脈から十分推察可能なので、帰る日を教えてくれてもよかった」「見送りくらいしたかったなどという表現でまとめておきましょう。

解答例

父が自分の知らない間に地元に帰っていたことに驚きあわて、見送りの日を教えてくれてもよかったのにと思ったから。(見送りくらいしたかったと思ったから)

身内だからこそ、ちょっとわがままな怒りが出てしまったのですね。