(五)「生きた人間としての分析家のありかたこそが、患者に希望を与えてもいる」

(五)「生きた人間としての分析家のありかたこそが、患者に希望を与えてもいる」とあるが、それはなぜか、落語家との共通性にふれながら、100字以上120字以内で説明せよ。

最終段落を見ておこう。

 もちろん、そうして自分でないものになってしまうだけでは、精神分析の仕事はできない。分析家はいつかは、分析家自身の視点から事態を眺め、そうした患者の世界を理解することができなければならない。そうした理解の結果、分析家は何かを伝える。そうして伝えられる患者理解の言葉、物語、すなわち解釈というものに患者は癒される部分があるが、おそらくそれだけではない。分裂から一瞬立ち直って自分を別の視点からみることができる(オ)生きた人間としての分析家自身のあり方こそが、患者に希望を与えてもいるのだろう。自分はこころのなかの誰かにただ無自覚にふりまわされ、突き動かされていなくてもいいのかもしれない。ひとりのパーソナルな欲望と思考をもつひとりの人間、自律的な存在でありうるかもしれないのだ。                

常に最大限考慮しておくべきことは、「解答者のすべき仕事は、傍線部と設問しか見ていない人に伝わるように書くことである」という前提である。

その前提で考えると、傍線部直前の、

分裂から一瞬立ち直って自分を別の視点からみることができる

という表現は、「生きた人間」を詳しく修飾している部分なのであるから、そこを入れたほうが、傍線部そのものがいっそうわかりやすくなる。

 次に、傍線部直後の「のだ文」に着眼しよう。「のだ文」は、その前の部分の「追加説明」または「理由説明」になる。

ここでは、

分裂から一瞬立ち直って自分を別の視点からみることができる(オ)生きた人間としての分析家自身のあり方こそが、患者に希望を与えてもいるのだろう。自分はこころのなかの誰かにただ無自覚にふりまわされ、突き動かされていなくてもいいのかもしれない。ひとりのパーソナルな欲望と思考をもつひとりの人間、自律的な存在でありうるかもしれないからだ。

というように、「のだ」を「からだ」と言い直すことができるので、最終文は、傍線部の「理由」を示しているとみなすことができる。

すると、「理由」としては、

a.自分(患者)はこころのなかの誰かにただ無自覚にふりまわされ、突き動かされていなくてもいいかもしれないから。

b.ひとりのパーソナルな欲望と思考をもつひとりの人間、自律的な存在でありうるかもしれないから。

という論点を入れたいということになる。

「120字問題」は、一字一句に拘泥するのではなく、「入れるべきだ」と考えた論点そのものを落とさないように、思いっきり圧縮してよい。そうしないと120字に入らない。

以上のことから、答案はひとまず次のようにまとめることができる。

〈ひとまず答案!〉
患者に同化した分裂から一瞬立ち直って自分を別の視点からみることができる生きた人間としての分析家に接することで、患者自身も、心内の複数の自己の間で惑わされなくてよい、統合された個としての自律的な人間でありうるという望みを持つから。

*「こころのなかの誰か」というのは、「分裂した自己」「複数の自己」を意味しているので、そのように書き換えている。

*「ふりまわされ、突き動かされていなくてもいい」という表現は、「惑わされなくていい」とか。「混乱しなくていい」といった表現で短くできる。

*「パーソナルな欲望と思考」は、一気に短くすれば「個性」でよい。

*「ひとり」「ひとつ」といった表現は、「分裂」と対立する表現であることから、「分裂」の対義語を用い、「統合された唯一の自己」などと表現することができる。

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次に、問題には、「落語家との共通性にふれながら」とあるので、答案の前半に落語のことを書けばよい。「希望」というキーワードをヒントにさかのぼると、〈⑦段落〉の最後には次のように書かれていた。

落語を観る観客はそうした自分自身の本来的な分裂を、生き生きとした形で外から眺めて楽しむことができるのである。分裂しながらも、ひとりの落語家として生きている人間を見ることに、何か希望のようなものを体験するのである。

このことを前半部に入れると、次のような答案が成立する。

〈下書き〉
複数の登場人物に分裂しつつも、一人の落語家として生きている人間を見ることで観客が楽しむように、分裂から一瞬立ち直って自分を別の視点からみることができる生きた人間としての分析家に接することで、患者自身も、心内の複数の自己の間で惑わされなくてよい、統合された個としての自律的な人間でありうるという望みを持つから。

*このように、最後の「120字問題」は、「これが必要だな」という論点を収集していくと、150字くらいになってしまう。エッセンスを失わないように、さらに圧縮して答案を仕上げよう

解答例

複数の人物に分裂しつつも一人の人間として生きる落語家を眺めて観客が楽しむように、患者に同化した分裂から立ち直り自分を客観視できる生きた人間としての分析家に接することで、患者自身も、統合的かつ自律的な一個人でありうるという望みを持つから。

参考(再現答案)

落語家も分析家も根多や精神分析の過程で自律的に作動する複数の自我を抱えるが、分裂しながらも分裂から立ち直って、自分を別の視点から見ることができるその存在そのものが、ひとまとまりの自我の存在を期待させるから。