私は黙って障子を閉めることにした。

いつもと違う設問の表現に注意しよう

「なぜか」の問題です。

 熱中、熱中、脇目もふらない懸命さ、ということが好きである。
 下の子が三歳で、ハサミを使い始めたばかりの頃のことである。晩秋の夕ぐれのことで部屋はもううす暗かった。四畳半の部屋中に新聞紙の切りくずが散乱し、もう随分長いこと、シャキシャキというハサミを使う音ばかりがしていた。下の子は、切りくずの中に埋まって、指先だけでなく身体ごとハサミを使っていた。道具ではなくて、ハサミが身体の一部のようにも見えた。自分のたてるハサミの音のリズムといっしょに呼吸しながら、ただただ一心に紙を切っているのである。呼んでも振り向く様子ではなかった。熱中。胸を衝かれた。私は黙って障子を閉めることにした夕飯は遅らせていい。
 このようなことは、日常の突出点などでは決してなく、むしろ子供にとってはあたりまえのことなのではないだろうか。大人の個が、それを見過ごしているのである。大人たちは、子供の熱中して遊ぶ姿にふと気づくことがある。そして胸を衝かれたりもするのである。

河野裕子「ひとり遊び」

傍線部「私は黙って障子を閉めることにした」のはなぜか、考えられる理由を述べよ。

「なぜか」の問題は、「結論部」に至る前提をつきとめることが大切です。

「結論部」は、基本的には「述語」です。「述語」が「行為」なのであれば、なぜそのような「行為」に至ったのか、前提を考えましょう。

理由が明示されていれば必ず答案に取り込む。

傍線部の直前には、

熱中。胸を衝かれた。

という表現があります。

これは、「筆者」が「何にどう思ったのか」ということを端的に示していますので、「黙って障子を閉めた」という「行為」の前提として外せない論点です。

筆者は息子の熱中する姿に胸を衝かれた。
だから、黙って障子を閉めた。

という前後関係が成り立ちます。

しかし、「胸を衝かれた」から「黙って障子を閉めた」という論理関係には、飛躍があります。

みなさんは、何かに感動したら、黙って障子を閉めますか?

映画を見ていて、とてもいいシーンに胸を衝かれ、「ああ、感動した!」と思ったからといって、その度に「黙って障子を閉める」ことはなかなかしませんよね。

ということは、「息子の熱中する姿に胸を衝かれたから。」と書くだけでは、説明として十分ではないのです。

胸を衝かれて → 「      」と思って → 黙って障子を閉めた。

というように、「      」に何らかの意図が発生しているはずなのです。それを突き止めるのがこの問題の「核心」です。

ここで、ちょっと「設問」の表現を再確認してみましょう。

「考えられる理由を述べよ」と書かれていますね。

通常なら、「黙って障子を閉めたのはなぜか」と聞けばいいのですが、ここでは、「考えられる理由」となっています。

どうしてこんな特殊な表現にしているのでしょうか?

それは、答えるべきことがきっぱりと本文に書かれていないからです。

前後関係から筆者の心情を「推論」して、答案に書き込む必要があります。

その点で、この問題には、特殊な難しさがあります。

なぜ「黙って障子を閉めることにした」のか?

「黙る」ということは、それ以前の時点では、話をしていたことになります。または、話をしようとしていたことになります。

直前には、

呼んでも振り向く様子ではなかった。

と書かれています。実際に呼んだのかどうかは不明ですが、少なくとも「呼ぼうとしていた」ことはここから明らかです。

そして、傍線部の直後には、

夕飯は遅らせてもいい。

と書かれています。ということは、「筆者」は、「息子」に対して、

ごはんよー

といったような呼びかけをしにきたことになります。きっぱりとは書かれていませんが、前後関係から推論可能です。

この「夕飯の呼びかけ」をしてしまうと、息子の遊びはいったん終了することになります。筆者はそれを避けたのですね。

つまり「筆者」は、「息子の遊びを終わらせないため」に「夕飯の声掛け」をしなかったのだと言えます。

したがって、

◆夕飯の声掛けで邪魔をしないようにするため
◆夕飯の声掛けをすると邪魔になってしまうから
◆夕飯に呼ぶことで息子の遊びが終わってしまうことを避けたから

といった論点が必要になります。

ただ、息子の遊びを終わらせたくないというだけだったら、黙ってそこにいてもいいはずです。しかし、「筆者」は、障子を閉めることにします。息子の遊んでいる部屋の中に入って閉めたのでしょうか? 違いますね。

筆者は息子が遊んでいる部屋から出ている状態で障子を閉めたのです。つまり、息子を部屋にひとりにさせたのです。

以上のことから、

◆息子を一人のままにするため

という論点が答案に必要になります。

以上の2つの論点は、コンパクトに書いてしまえば、

夕飯の声掛けが、息子のひとり遊びの邪魔になってしまうから。

などと書くことも可能です。

これらの論点を取り込むと、ひとまず次のような〈合格答案〉が完成します。

合格答案

筆者は、息子が熱中する姿に胸を衝かれたため、夕飯の声掛けで邪魔をせず、一人のままにしておこうと思ったから。

「熱中」「胸を衝かれた」などという表現は、「キーワード」としてそのまま使いましょう。

内容が同じなら言い換えても減点はされませんが、傍線部の外側にある一般的な表現を言い換える必要はありません。

また、 私 という一人称は、客観表現として 筆者 としておくのが無難です。

私 という語をそのまま使うのであれば、「私」は~ というように、「 」を付けておきましょう。

補足(核心ではないが、入れたほうがいい論点)

さて、制限字数を鑑みると、もっと書くことができます。補足の論点としては、傍線部に比べて、答案が少しでも「映像化・視覚化」しやすいものになっているかどうか考えましょう。

傍線部問題というものは、原則的に、傍線部が「ぼんやり」しているので、それを「くっきり」することが答案作成者の仕事になります。

これは「どういうことか」の設問の場合に特に気を付けることなのですが、「なぜか」の場合でも、少し意識しておきましょう。

答案作成者の仕事は、少なくとも傍線部よりは、映像化・視覚化しやすい表現に言い直すこと。

さて、その観点でいうと、「息子が熱中する様子」というのは、まだ説明不足です。何に熱中しているのか、映像化(イメージ)できないからです。

息子が何にどのように熱中しているのかは、傍線部の直前に書かれていますので、そこを拾ってまとめましょう。「何をどのようにしているのか」がわかればそれでOKです。

ここまで書き込めれば、〈ハイレベル答案〉になります。

ハイレベル答案

筆者は、一心にハサミで紙を切る息子の姿を見て、その熱中するひとり遊びに胸を衝かれたため、夕飯の声掛けで邪魔をせず、一人にしておこうと思ったから。

トップレベル答案への+α

それにしても、「大人(筆者)」は、どうして「息子(子供)」の姿にこんなにも「胸を衝かれ」るのでしょうか。

傍線部の直後を確認すると、その「経緯」が説明されています。

子供にとってはあたりまえ
大人がそれを見過ごしている
子供の熱中して遊ぶ姿にふと気づく
そして胸を衝かれたりする

「ひとり遊び」に熱中するようなことは、「子供」にとっては「あたりまえ」のことなのです。

「大人」になると、そういう「あたりまえ」のことは、つい見過ごされがちですよね。一人でひたすら遊ぶ子供を目にすると、「どうしてこんなことにこんなに熱中できるんだろう」と疑問に思ったりもします。

けれども、「ああ、そうだな、子供にとっては、むしろあたりまえのことなんだな」とふっと気づく瞬間があり、そういう瞬間に、大人はしばしば感動するのです。

このように、傍線部の直後では、「胸を衝かれる」という「結果」に至る「経緯」が説明されています。本問が「なぜか」であることを鑑みると、「胸を衝かれる」ことの順序が説明されているこの部分を解答に取り込んだほうが、「論理」がいっそう明確になると考えられます。その情報に言及して、答案を完成させましょう。

ただし、ここはあくまでの「補足の論点」です。その「補足」で字数を圧迫するのは避けたいですよね。

「あたりまえ」などは、「普通」とか「常識」などと言い換えられますから、短い語に変換してしまいましょう。

「子供にとってあたりまえのこと」は、「子供の常識」などのようにすれば短くできますから、意味内容を変えずに圧縮していきましょう。

トップレベル答案

筆者は、 一心にハサミで紙を切る息子の一人遊びを見て、その熱中が子供には普通のことだと気づき、胸を衝かれたため、夕飯の声掛けをせず一人にしておこうと思ったから。

採点基準 ⑥点

筆者は         (ないと減点)
一心にハサミで紙を切る (ないと減点) *同趣旨なら可
息子の一人遊びを見て    ①
熱中            ① 
子供にとってあたりまえ   ① 「普通」「常識」なども可
胸を衝かれ         ① 「感動する」なども可
夕飯の声掛けをしない    ① 「呼ぶのをやめる」なども可
一人にしておこうと     ① 「そっとしておく」「邪魔をしない」なども可
思ったから。

選択肢なら・・・

選択肢問題であれば、次のような答案が考えられます。

「私」は、ひたすら紙を切り続ける息子の姿を見て、一人遊びに没頭することは子供の常識だと不意に気づき、このままそっとしておこうと思うほど感動したから。

記述答案では「重要なキーワード」とみなした「熱中」がありませんが、代わりに「没頭」があります。

同様に「胸を衝かれた」がありませんが、代わりに「感動」があります。

本文にあった「あたりまえ」がありませんが、代わりに「常識」があります。

選択肢の正解は、本文通りの語句を使用しているとは限らないんですね。

かなり大胆に変える場合も多いですよ。

この問題であれば、

息子が一人遊びに打ち込む姿を見て、しみじみ感心し、一人にしておこうと思ったから。

なんていう選択肢もありですね。補足的な情報をいろいろカットしていますけれど、短く書くならこんなものです。

選択肢には、「え? 変えすぎじゃない?」とか、「短くしすぎじゃない?」「省略しすぎじゃない?」と思うものもたくさんありますけれど、「芯」を外していなければ不正解にはなりません

他の選択肢が「もっと✖」なら、「✖」をつけきれなかった選択肢が正解になるのです。

チャレンジ

今の子供たちは遊びへの熱意が希薄だが、下の子がハサミで遊ぶのに夢中になっている姿に胸を衝かれたから。

モンスターズインク

2/6点です。①点ポイントは3つ拾っていますが、「筆者は」という主語がありません。主語は、いつも必ず必要になるわけではありませんが、「なぜか」の問題の場合は、必ず主語を書くようにしましょう。

答案の核心として、「邪魔をしないため」という論点がほしいです。

私の三歳の子供がただただ一心に紙をはさみで切っているすがたを見て、胸を衝かれ、このようなことは子供にとってあたりまえのことだと気付いたから。

高橋の会

3/6点です。傍線部の後半の論点を拾っている点がいいですね。

答案の核心として、「邪魔をしないため」という論点がほしいです。

ハサミを使い始めたばかりの三歳の子が身体の一部とするようにハサミを使いながら、熱中し脇目もふらない懸命さでただただ一心に紙を切っている姿に胸を衝かれたから。

まぐま―やけど注意―

3/6点です。

「ハサミ」が2回出てくるのがもったいないですね。

答案の核心として、「邪魔をしないため」という論点がほしいです。

ひとり遊びを通じて暗い大きな世界との初めての出逢いを果たし、ひとり遊びの本領である一見役に立たない、何でもないものの中に価値を見つけ、それに熱中する下の子に胸を衝かれたから。

最早俺が文章になりたい

0点です。文字数が解答欄に収まりません。87字はさすがに多いでしょう。うまく圧縮して八十字程度にできていれば、論点としては2/6点です。

答案の前半は、本文全体の主旨としては重要な箇所なのですが、この設問に答える論点としてはあまり重要ではありません。まったくのピント外れではないので、減点はされませんが、もっと入れるべき情報が傍線部の近場にあります。

記述問題は、選択肢問題よりも、「近場」で解決する場合が多いです。基本的には傍線部のある段落と、その前後、合計3段落の内部にある情報で答案をつくっていきましょう。その中では情報が足りないなと思ったら、さらにその前後に視野を広げていくのです。

答案の核心として、「邪魔をしないため」という論点がほしいです。

筆者が、人間と自然に関わる諸々の事物事象とのなまみの身体まるごとの感受の仕方を体験できるひとり遊びに没頭する子どもに胸を打たれ、邪魔してはいけないと思ったから。

KASI

3/6点です。

答案の前半の部分は、趣旨としてはよいところを拾っていますが、表現としてはわかりやすい部分ではありません。ここよりも、息子の具体的な遊びの場面を描写した方がわかりやすい答案になります。

ただこの答案の後半は非常によいですね。後半だけで3点入っています。

夕食の為呼びに行ったら、三歳の子供がハサミを身体の一部のように使っているかのように見えるほど夢中になっているのを、胸を衝かされた私が妨げないようにしたいから。

B組男子

2/6点です。

大きな趣旨としては整合していますが、文の係り受けがわかりづらい文になっています。

文の構造としては、

「(筆者は)~息子が~夢中になっているのに胸を衝かれたため、妨げないようにしたから。」

とするほうがいいですね。

ひとり遊びを通じて、人間と自然に関る諸々の事物事象とのなまみの身体まるごとの感受の仕方と初めての出逢いを果たす時の鮮烈な傷のような痛みを伴った印象は、生涯消えることはないため、自分の子供に体験させたかったから。

煉獄さ~ん!!(泣)

字数オーバーにより0点です。

論じていることは整合していますが、異なる段落の論点のほうを中心視しすぎてしまっています。

もちろん、他の段落まで論点を拾いにいくのは大切な姿勢なのですが、原則的には、「中心論点(骨格)」は同段落内の情報から拾ってくることになります。

その点で、傍線部のある段落の情報からもう少し拾ったほうがよかったですね。

今の子供たちは遊びへの熱意が希薄だと感じる中、子供が熱中して遊ぶ姿を見て自分の子供時代を思い出し、一人遊びという喜びへの没頭を妨げたくなかったから。

HM3S2

2/6点です。

「今の子供たちは遊びへの熱意が希薄だと感じる中」という時代背景は、減点される部分ではありませんが、加点されるポイントにもなりません。

したがって、そこをカットして、息子の具体的な様子などを書き込んだほうがよいです。そのほうが、傍線部に密接した論理を拾っていることになります。

最後の部分はとてもいいですね。

集団遊びの場合は、何何遊びとか、何何ごっことか、れっきとした名前がついているのに、一人遊びは一人遊びとしかいいようがないから。

サララ肉麺×✌

0/6点です。

この答案は、「障子を閉めることにした」という行為につながる前提として機能していません。

「息子をそっとしておこうと思ったから」などという、「障子を閉めることにした」につながる理屈をどこかに書き込めるとよかったです。

子供のやりたいことをやらせようと思って、「私」は黙って障子を閉めることにした。

こんぺいとう

0/6点です。

「子供のやりたいことをやらせよう」という論点で1点分入りますが、文末が「~から。」になっていないので、減点が1点分あります。

単純な「なぜか」の問題は、傍線部の結論部分を答案で繰り返す必要はないので、「黙って障子を閉めることにした」と書き込む必要はありません。そのスペースで違う論点を書き込みましょう。

子供の熱中して遊ぶ姿に胸を衝かれ、自分がかつて体験した、体全体で対象に没頭することで初めて感じることのできる一人だけの世界を感じてほしいと思ったから。

岡先生を拝む会

2/6点です。

答案の最初と最後はとてもいいですね。そこで①点ずつ入っています。

中盤の「自分がかつて体験した、体全体で対象に没頭することで初めて感じることのできる」という部分は、論旨全体で言えば整合しているので、減点はされません。しかし、「黙って障子を閉めることにした」という結論に向かう前提としては、強い因果関係がありません。

どちらかというと筆者は、「息子が一人で遊ぶ様子」を見ることを「きっかけ」にして、「次第に」自分自身のことをあれこれと思い出していきます。

つまり、「自分がかつて体験した」感覚をしみじみと思い出して言語化していくのは、「息子の様子を見る」→「障子を閉める」という一連の行動の「後」のことだと考えたほうが、文脈としては妥当です。

したがって、この設問の解答としては、「障子を閉める」という行動の「前」の感情だと断定できるもので答案を完成させたほうがよいでしょう。

今の子は、遊びへの熱意が希薄な中で、子どもが脇目もふらず、懸命に一人遊びで生涯消えることのない直接的な身体への感受との出会いを好きなだけ体感させようと思ったから。

きのこ4姉妹

2/6点です。

最後の「好きなだけ体感させよう」という部分はとてもいいですね。

「今の子は、~」という主語で始まっていて、さらに途中で「子どもが~」と書かれているのに、最終的には「筆者が思った」ことで文が成立しているので、主語ー述語の関係がねじれているように見えます。

これであれば、途中に「筆者は」としっかり書いておくべきです。

「生涯消えることのない直接的な身体への感受」は、文章全体のかかわりの中で見ると整合していますが、この設問を解くうえでは余計な論点です。

「障子を閉めることにした」という「行為」の直接的な前提となることを書き込みましょう。

筆者は、脇目もふらない懸命さを好むため、自分の子供がただただ一心に紙を切ることに熱中している姿を見て、胸を衝かれ、邪魔をしたくないと思ったから。

すんだむしろ尾骶骨

4/6点です。

この設問の優勝作品です。

「邪魔をしたくない」という論点がバッチリ表現できているところがすばらしいですね。

あとは、「声掛けをやめた」という論点と、「(一人遊びに熱中することは)子どもにとってあたりまえ」という論点があれば、「パーフェクトな答案」でした。

高校3年生でもここまではなかなか書けません。あっぱれです。