〈主語〉〈修飾語(特に目的語) 〉は〈述語〉の前提である。
多くの場合、「どういうことか」の問題では、答案の〈述語〉部分は、傍線部の〈述語〉部分の言い換えとして成立します。
一方、「なぜか」の問題では、答案の〈述語〉部分は、傍線部の外にあるところから情報を引っ張り込んで答案に書き込みます。そして、もともと傍線部の中にあった〈述語〉は、答案には出しません。(例外もありますが、単純で一般的な「なぜか」の問題はそうなります。)
いずれにせよ、日本語では〈述語〉によってはじめて文が完成するのであり、〈主語〉と〈修飾語(特に目的語)〉が同様に「前提」としての扱いになります。その点で、〈主語〉と〈目的語〉は、似た扱いを受けています。

「修飾語」のなかでも、「~に」「~を」となるものは「目的語」と呼ぶことがあります。
さて、今回の問題は、日本語論理では「主語」と「目的語」が同列に扱われていることがよくわかるものを扱います。
では、問題を見ましょう。
歴史という概念そのものに、何か強迫的な性質が含まれている。歴史は、さまざまな形で個人の生を決定してきた。個人から集団を貫通する記憶の集積として、いま現存する言語、制度、慣習、法、技術、経済、建築、設備、道具などすべてを形成し、保存し、破壊し、改造し、再生し、新たに作りだしてきた数えきれない成果、そのような成果すべての集積として、歴史は私を決定する。私の身体、思考、私の感情、欲望さえも、歴史に決定されている。人間であること、この場所、この瞬間に生まれ、存在すること、あるいは死ぬことが、ことごとく歴史の限定(信仰もつ人々はそれを神の決定とみなすことであろう)であり、歴史の効果、作用である。
傍線部「歴史という概念そのものに、何か強迫的な性質が含まれている」とあるが、どういうことか、説明せよ。
この傍線部は、次のように言い換えることができます。
◆歴史は、何か強迫的な性質を持っている。
◆歴史は、何か強迫的な性質を備えている。
この2つの文は、傍線部と同じ意味になります。
(「概念」という語を取ってしまっていますが、本問で中心的に問われているのは「強迫的な性質」という部分であると判断し、いったん無視します。時間と字数に余裕があれば最後に補足として考える部分です。)
◆強迫的な性質が、歴史に、含まれている。
◆歴史は、強迫的な性質を、備えている。
この2つの文では、〈主語〉と〈目的語〉が入れ替わっていますね。けれども、同じ意味内容として成立しています。
記述問題でも、選択肢問題でも、このように、〈主語〉と〈目的語〉の交換は、しばしば起こります。
傍線部で、
この窓はトムに割られた。
となっていても、
答案では、
トムが窓を割った。
と書かれることがあるということです。
受身文を能動文にすることでも、〈主語〉と〈目的語〉は入れ替わりますが、意味は変わりません。
なぜこの話をしたかというと、「記述問題ではそういう書き方をしていい」ということを知ってもらうためです。また「選択肢問題でもそういうことはありうる」ということも押さえておきましょう。
文全体の大きな意味内容が整合していることが最も大切なので、意味しているものの事実が変化していなければ問題ありません。
論点収集
答案に入れるべき論点を拾っていきましょう。
この設問は、傍線部についての説明を、傍線部以降のすべてで述べています。
文字数をまったく気にせず書けば、次のような答案になります。
歴史は、
個人から集団を貫通する記憶の集積として、
現存する言語、制度、慣習、法、技術、経済、建築、設備、道具などすべてを
形成し、保存し、破壊し、改造し、再生し、新たに作りだしてきた
無数の成果すべての集積として、
個人を決定し、
個人の身体、思考、感情、欲望、
人間であること、この場所、この瞬間に生まれ、存在すること、あるいは死ぬこと
を限定する効果、作用を持つということ。
ここには、
①言語、制度、慣習、法、技術、経済、建築、設備、道具などすべてを形成し、保存し、破壊し、改造し、再生し、新たに作りだしてきた
②個人の身体、思考、感情、欲望、人間であること、生まれ、存在すること、死ぬこと
といった「列挙表現」がたくさんあります。
「列挙されている語句」は、そのまますべて書くのであればまだよいのですが、明らかな例示の場合は、そこに並んでいる語を用いずに、一気にまとめることが得策です。
今回ここで並んでいる語句は、明らかな例示とまでは言い切れないのですが、制限字数を考えると、どうやってもそのまま書くことはできません。
したがって、「一気にまとめる」作戦に出ましょう。
①について
予備校Yは、これらを「様々な社会装置を通して」とまとめています。
予備校Tは、「営為の所産」とまとめています。
どちらもよいまとめ方です。
②について
予備校Tは、「個人の生そのもの」とまとめています。
予備校Kは、「個人のありよう」とまとめています。
予備校Yは、「人間の身体や感情、生死にいたるまで」と、やや本文の言葉を具体的に残しながら説明を試みています。
そのくらい思い切って圧縮しないと、この段落の要点は解答欄に収まりません。
以上の考察から、次のような答案が成立します。
ハイレベル答案
歴史は、個人から集団にいたる記憶の集積として、すべての社会制度や習俗を成り立たせ、そこで生きる個人の心身や生の在り方までも決定づける力を備えているということ。
トップレベルへの+α
先ほどの答案を書くことができれば十分合格点ですが、「概念」という言葉を無視してしまっているので、何とか答案に意味内容を反映できないか考えてみましょう。
「概念」とは、「大まかな考え」のことです。
つまり、「歴史」という「ものの考え」の中に、「人々の社会制度や個人の生のありようを決定づける力」があるということです。
その意味で、「考え」などの語を巧妙に入れておけば、無視したことにはなりません。その方針で答案を固めてみます。
トップレベル答案
歴史という考え自体に、個人から集団に至る記憶の集積として、人の社会制度や習俗のすべて、またそこに生きる個人の生の様態を強制する力が内在しているということ。
実際には、 部分をうまく書かなくても、全体の意味内容が特別変化しないので、失点はしないと考えられていますが、傍線部内の熟語に関して、まったく無視することも危険なので、何らかの形で意味内容を残せるとよいです。
採点基準 ⑥点
歴史は、 (ないと減点)
個人から集団にいたる記憶の集積として ① 同趣旨なら可
社会制度や習俗の一切を成り立たせ ② 同趣旨なら可
そこに生きる個人の心身や生の在り方まで ② 同趣旨なら可
決定づける力を備えているということ ① 同趣旨なら可
選択肢なら……
歴史は、言語や文化を構築し、ひいては人の生のありようをも決めていくという点で、その考え自体に社会や個人の存在を強く規定する力があるということ。