今回は、短い字数に要点を詰める問題を扱います。課題文の全貌がわからないと解きにくいので、前半のあらすじを書いた上で、傍線部付近を引用します。出典は岩井克人「『瓶の妖鬼』を読む」です。
まず、スティーブンソンの『南海千一夜物語』に収録されている「瓶の妖鬼」という話が下敷きになります。
〈「瓶の妖鬼」のあらすじ〉
ハワイ人のケアウェという男が、小鬼が住む不思議な小瓶を50ドルで買います。それは、持ち主の願う事は永遠の命以外なら何でも叶えてくれるのですが、小瓶を持ったまま死ぬと、持ち主の魂は地獄に引きずり降ろされてしまいます。難を逃れるには、生きているうちに他人に売ればよいのですが、買った価格よりも安く売らなければ売り手の元に戻ってきてしまいます。さて、小瓶は、数百年の間に50ドルに下がっており、それをケアウェが買ったのでした。ケアウェは、願いをかなえたあと、小瓶を友人のロパカに売り渡します。月日がたち、ケアウェはコクアという名の娘と互いに恋に落ちます。しかし、ケアウェは不治の伝染病に感染していることを知ります。病を移さずにコクアと暮らすため、ケアウェは、小瓶を頼ろうとします。しかし、すでにロパカも小瓶を売っており、手元にはありませんでした。やっと小瓶を見つけますが、そのときには小瓶は複数の人間で売買されたあとで、持ち主は2セントで買ったということでした。ケアウェは、1セントで買うしかなくなります。コクアはそのいきさつを知ると、ケアウェとともにタヒチに移り住みます。フランス領タヒチでは、セントより少額のサンチーム硬貨が流通していたからです。しかし、タヒチでも小瓶は売れませんでした。そこでコクアは、ケアウェにはわからないように、人を介してケアウェから小瓶を買い取ります。ところが、それを察したケアウェは、同じように人を介して、コクアから小瓶を買い取ろうとします。
筆者は、この物語を紹介したうえで、次のように述べます。
それは一見すると、どのような願いも叶えてくれる素晴らしいものに見えます。だが、その実体は地獄なのです。誰かが買ってくれなければ、持ち主の魂は小鬼によって地獄に引きずり込まれてしまいます。しかも、人から人へと売り渡される度に価格が下がるこの小瓶には、ハイパーインフレーションが始めから仕込まれているのです。誰かの魂が必ず地獄に堕ちるのです。そして、その運命がケアウェに降りかかったのでした。
岩井克人「『瓶の妖鬼』を読む」
では、例題を見てみましょう。
〈問〉傍線部「倫理的な交換」とはどういうことか。本文にある語句を用いて、30字以内で説明せよ。
すべての人間がすべての人間にとっての手段となってしまう世界――それは、まさに地獄です。そして、そのことを単なる比喩ではなくしてしまうのが小瓶です。その持ち主にとって、すべて他人は自分の魂を地獄に堕とさないための手段でしかありません。いや、誰か他人の魂を地獄に堕とさなければ、自分の魂が地獄に堕ちてしまいます。道理で小鬼は恐ろしい顔をしているはずです。
だが、コクアとケアウェがそれぞれ相手に内証で相手から小瓶を買おうとした時、貨幣の論理が逆転します。二人は共に、相手を自分の手段とするのではなく、逆に自分を相手の手段としようとしたのです。本来何ものとも交換しえない絶対的な価値であるべき自分の魂を犠牲にして、相手の魂を救おうとしたのです。
ここに魂の交換が成立したことになります。だがそれは、同じ貨幣価値をもつモノ同士の交換ではありません。二人がそれぞれ、何ものとも交換しえない絶対的な価値を一方的に相手に与えることによって、結果的に成立した交換なのです。それは、貨幣的な交換を超越したまさに(ア)倫理的な交換であるのです。
傍線部そのものが2つの語句で構成されているので、解答の方針づくりは困難ではありません。「倫理」と「交換」という語句の「本文における実態」を説明すればいいことになります。
〈論点a〉 「倫理」の説明
〈論点b〉 「交換」の説明
「倫理」も「交換」も、語そのものは比喩ではなく、「課題文とは無関係に意味が理解できる客観語」ですから、答案内にそのまま残っていても減点はされません。ですから、仮に80字くらいで書く問題でしたら、「~である交換ということ。」などという答案にしてもよいでしょう。しかし、今回は「30字」ですので、傍線部内の語をそのまま残してしまうと、「課題文での意味内容」を書き込むスペースがほぼなくなります。答案においては、「課題文での意味内容」を書くほうが優先順位が高いので、「倫理」「交換」という語そのものは、答案に残らない可能性が高くなります。
さて、そこまでふまえたうえで、「課題文での意味内容」を確認していきましょう。
傍線部を含む一文には、「それは」という指示語があるので、
二人がそれぞれ、何ものとも交換しえない絶対的な価値を一方的に相手に与えることによって、結果的に成立した交換なのです。
という部分に着眼します。「倫理」の内容も、「交換」の性質も、ほとんどここに述べられていますので、解答根拠はほとんどここになります。あまりにも近くに根拠が集中しているので、楽な問題と一瞬勘違いしてしまいますが、そうではありません。この文はすでに58字ですから、30字で書くということは、半分に詰めなくてはならないのです。
では、どうすればよいでしょうか。
〈論点a〉の「倫理」に関しては、「何ものとも交換しえない絶対的な価値を一方的に相手に与えること」に相当していると考えられます。そこでの、「本来何ものとも交換しえない」と「絶対的」は、語義がかぶっているので、どちらかを残せばいいでしょう。また、「一方的に」という語句も、主語・目的語・述語といった「骨格」ではなく、「修飾句」であるので、カットできます。字数に余裕があれば欲しい語ではありますが、字数がないので仕方ないと考えましょう。
したがって、「倫理」については、「絶対的な価値を相手に与える」などと説明できます。ただ、このままですと「価値」がまだ抽象的です。
記述答案は、傍線部よりは「絵にできる(イメージできる)答案」を目指す。
という鉄則があります。「価値」を絵に描いてください、と言われても、なかなか難しいですね。そのことから、前段落にある「魂」を使うと具体性が増します。また、「犠牲」ないしは「手段」などを補うと、さらにイメージしやすい答案になります。
以上により、次のような下書きが成立します。
〈下書き〉
◆絶対的な魂を、相手を救うための手段にすること。
◆絶対価値である魂を、相手のために犠牲とすること。
ただし、これではまだ「交換」のニュアンスが出ていません。〈論点b〉の「交換」をどのように説明すべきか考えてみましょう。
これは、「単なる交換(貨幣的な交換)」ではないことにふみこめればよいことになります。「計画された交換」ではなく、「たまたまお互いが与えたことによって、たまたま交換のように見えている」交換です。課題文中では、「結果的に成立した交換」と述べられています。そのことから、
二人が共に
二人がそれぞれ
といった論点を書き込めるとよいでしょう。
以上のことから、次のような答案が成立します。
〈解答例〉
◆絶対的な価値である自分の魂を手段とし、共に相手を救うこと。29
◆本来交換しえない自分の魂を犠牲にして、互いに相手を救うこと。30
〈採点基準〉⑩点
絶対的 or 本来交換しえない ②
(自分の)魂 ②
手段 or 犠牲 ②
(二人が)共に or 互いに ②
相手を救う ②
なお、ある参考書には、「自分の魂を犠牲にしてまでも、相手の魂を救おうとすること。」という解答例が示されていますが、これは論点が不足していると考えられます。このままですと、2つのポイントが抜けています。
自分の魂が本当は「絶対的(他とは比べられない価値)」であるにもかかわらず、それでも与えようとするから〈倫理的〉なのだと言えます。その点で、
絶対的
本来交換しえない
かけがえのない
といった説明を付け加えておくべきです。設問には、「本文にある語句を用いて」という条件が付いていますから、「絶対的」か「本来交換しえない」を使っておくのが適当です。
また、この答案では「二人がそれぞれ」という意味内容を含んでいないので、「交換」を説明していることになりません。「自分の魂を犠牲にしてまでも、相手の魂を救おうとすること」という表現ですと、「A→B」という一方的な関係までしか説明していないようにも見えてしまいます。「交換」の語義にふみこむためには、相手を救おうとする行為が「双方向」で起きていることに言及しなければなりません。「本文の語句を用いて」という条件がなければ、「互いが」「互いに」といった表現をして問題ありませんが、条件があるので、課題文に存在する「共に」「それぞれ」といった表現を拾っておくのが無難でしょう。

物語としては、ケアウェに頼まれて小瓶をコクアから買いとった人が、お酒がほしくてケアウェに売り渡すことを拒否してしまったため、ケアウェは小瓶の所有者になりませんでした。