賛嘆と皮肉の虚実がどう重なりあっているのか知れたものではない。

傍線部内の熟語をどのように考えていくのがよいのか、例題から見ていきましょう。

〈問〉 傍線部「賛嘆と皮肉の虚実がどう重なりあっているのか知れたものではない」とあるが、それはどういうことか、説明せよ。

 もっと通俗的なパターンで言うと、学校で教員たちがよく使う「もっと感情をこめて読みなさい」というきまり文句になる。「へえ、感情ってのは、こめたり外したりできる鉄砲のタマみたいなものかねえ」というのが私の皮肉であった。その場にいた全員が笑いころげたが、では、感情とはなにか、そのことばを言いたくなった事態にどう対応したらいいのか、については五里霧中なのである。
 この逆の行為を取上げて考えるともう少し問題がはっきりするかも知れない。女優さんに多い現象だが、舞台でほんとうに涙を流す人がある。私は芝居の世界に入ったばかりの頃初めてこれを見てひどく驚き、同時に役者ってのは凄いものだと感動した。映画『天井桟敷の人々』の中に、ジャン・ルイ・バロー演じるパントマイム役者に向って、「役者はすばらしい」「毎晩同じ時刻に涙を流すとは奇蹟だ」と言う年寄りが出てくる。若い頃はナルホドと思ったものだが、この映画のセリフを書いている人も、これをしゃべっている役柄も役者も、一筋縄ではいかぬ連中であって、賛嘆と皮肉の虚実がどう重なりあっているのか知れたものではない

竹内敏晴『思想するからだ』 東京大学

まずは傍線部をざっくり分けてみましょう。主題も書き込んでみると、次のようになります。

芝居で涙を流す役者に対する、
「すばらしい」「奇蹟だ」というセリフは、 (主題)
ⅰ.讃嘆と
ⅱ.皮肉の
ⅲ.虚実が
ⅳ.どう重なり合っているか知れたものではない

「賛嘆」「皮肉」という語そのものは、そのまま使用しても減点にはなりません。単語自体の意味は課題文と無関係に理解できるからです。それよりも、「どのような賛嘆なのか」「どのような皮肉なのか」という「オプション」を付けることのほうが重要だと考えましょう。

合格答案

芝居で涙を流す役者に対する称賛の言葉は、役者の凄さを賛嘆しているのか、内心はしらけていることの皮肉なのか、その虚実を区別することができないということ。

「虚実」は、ここでは、セリフの中身が「本音」なのか「嘘」なのかがわからない、ということなので、そのように表現できるとよりよいです。

ハイレベル答案

芝居で涙を流す役者に対する称賛の言葉は、役者の凄さを賛嘆する本音なのか、内心はしらけていることの皮肉めいた嘘なのか、判別できないということ。

トップベル答案への+α

「ハイレベル答案」まで書ければ、かなりの得点になりますが、この答案では、「賛嘆」「皮肉」をそのまま使用しています。「賛嘆」「皮肉」は傍線部内の熟語です。

「山」とか「川」などといった、あまりにも一般的な語句であれば、傍線部内の表現をそのまま答案に出してもかまいませんが、「賛嘆」「皮肉」は、「熟語」ですから、そのまま使用するのは避けたほうがいいです。何らかの言い換えを果たしましょう。本文内に「言い換え」があればそちらを書けばいいのですが、見当たらない場合は、「辞書的意味」を利用して言い換えましょう。

トップレベル答案

役者の落涙の演技に対する称賛の言葉は、役者の凄さを褒めたたえる本音なのか、内心の失望をあえて逆に表現した嘘なのか、容易には判別できないということ。

「容易には」というのは、「一筋縄ではいかない」という表現から、「簡単にはいかない」というニュアンスを出したくて入れた表現です。ただ、傍線部の外部なので、採点項目には入っていない可能性もあります。

採点基準 ⑤点

芝居で涙を流す役者に対する称賛の声は (ないと減点)       
役者の凄さを褒めたたえたのか     ② (賛嘆のままは①点)
内心の失望をあえて逆に述べたのか   ② (皮肉のままは①点)
本音か嘘かを判断できない       ①
ということ。

やっぱり最後は語彙力!

チャレンジ答案

舞台で涙を流す事は素人や観客にとってはすばらしい行為かもしれないが脚本家や役者からしてみればさほど難しい事ではなく誰でもできる行動だということ。2/5

毎晩同じ時刻に涙を流すという行為は素人からすると凄いが共演してる人からすると一人でいい気持ちよくなっていると思い、不満と称賛があるという事。3/5

毎晩同じ時間に涙を流すという言葉には舞台で本当に涙する役者魂はの賛嘆と感情は簡単に外したり込めたり出来ないのだから本当の感情とは違うという皮肉を交えているということ。2/5

セリフの中では、「役者は毎晩同じ時刻に涙を流すとは奇蹟で素晴らしい」と言っているが、セリフ外ではそんなこと少しも思ってないので、そのようなことは知りたくなかったと思っていること。1/5

役者に対しての言葉は、芝居で涙を流すということに対する役者の凄さを褒めたのか、皮肉を言っているのかは、わからないということ。3/5

演じている人も演じられている人も、そのセリフが本心から出たセリフではないということ。1/5

表では「素晴らしい」と賞賛した一方で裏では、こんなことも出来るだろうと無理難題を押し付けていること。1/5

舞台の中でのセリフ、感情を表現しなければならない時、役者と作品内の人物の感情の食い違いから引き起こる葛藤をどう乗り越えたのかは観客からは計り知れないということ。1/5

毎晩同じ時刻に涙を流すことは役者として感情移入が素晴らしいと思う反面、実際にはその感情を物語とは違った所で抱くものだと捉えられてしまう点。2/5

舞台上で涙を流すことには感動するものの、そこで涙を流すことは想像しているほど難しいことではないので、賛嘆と同時に皮肉の感情も芽生えるということ。2/5

涙を流す、という一見すると凄いと思われる役者の行動を称賛しているように見えて、実際は台本の感情の状態に浸っているだけだということを、風刺しているということ。4/5

舞台を見ている観客や舞台の役者が役とは無縁の感情を持った虚実に浸りいい気持ちになり、賛嘆したとしても、共演している相手には瞬間的に虚実が伝わること。2/5

本当に役者は自分の感情を動かせすごいという気持ちと、華々しく泣いてたとえ賞を取ったとしても誰も賞賛してくれなくて嬉しくないだろうということ。1/5

セリフを書いたり、しゃべったりしている人が、セリフの気持ち通りにやっているのか違うのかというのは見ている人からはわからないということ。1/5

毎晩同じ時刻に涙を流すのがをすばらしいと言われ称賛されることや,感情は鉄砲のタマみたいなものではないという皮肉といった矛盾がどのように交わっているのかということ。1/5

舞台で涙を流すという行為に対して、観客は役者が涙を流せるぐらいに役に浸っているなどと称えるが、同じ舞台に立った役者は仲間ではなく、競争相手として見ているということ。1/5

役者はすばらしい、同じ時刻に涙を流すのは奇跡だ、と称える台詞とは裏腹に、実際のところ涙を流すのは存外容易な事であり、また「涙を流す」ことを行う瞬間、役者は主人公の行動や感情、展開とは関わりのない我が身のいとおしさによって涙を流しているから。1/5

「役者はすばらしい」の言葉には、役者は凄いものだと感動した賛嘆、感情そのもので流している涙ではない虚実、毎晩同じ時刻に涙を流す奇蹟と皮肉が重なっていること。2/5