それらとともにあることの、喜びであり、苦しみであり、重さなのである。

 東大第一問の(五)は、あくまで傍線部の問題として処理するが、本文全体とのかかわりの中でその傍線部を位置づけることが重要である。決してその意味段落だけで正解を出そうとせず、本文全体の「要点」を再現しつつ、傍線部の説明をすることが必要である。

傍線部を分けると、

(歴史とは) それらと/ともにあることの/喜びであり/苦しみであり/重さなのである

 となる。分解した傍線部にしたがって、

(1)「それら」が何を指すのか
(2)「ともにある」とは何か
(3)「喜び」とは何か
(4)「苦しみ」とは何か
(5)「重さ」とは何か

 ということについて、それぞれ解決していきたい。

(1)

「それら」が指示している箇所は、直前の、「無数の他者の行為、力、声、思考、夢想の痕跡」になる。「無数の他者の行為、力、声、思考、夢想の痕跡」というのは具体例のようなものなので、そのまま用いることは避け、一般化したい。

そのためには、本文全体をとおして、「歴史」というものがどう定義されていたかに着眼しよう。
本文は大雑把に分ければ、3つの意味段落に分けられる。

「序盤」は、「傍線部ア」くらいまでのあたりで、「歴史は、書かれたこと、書かれなかったこと、あったこと、ありえたこと、なかったことの間にまたがっている」という定義がなされている。

それはつまり、歴史はその対象を領域的には画定できない、ということになる。直接的には書かれてはいないが、未来において、「過去」の歴史が「書きかえられる」可能性もあるわけである。そのくらい、歴史はあいまいな領域を相手にしている、ということが述べられている。このことは設問(一)で問われてきたことである。

「中盤」は、「傍線部ア」の次の段落からで、「歴史は、恣意的に選び取られてきたものである」という定義がなされている。「歴史は代表的な価値観によって中心化され、その国や社会の自己像を形成する」ということは、裏を返せば、「選ばれなかった歴史」言い換えれば「負けた歴史」があるということである。このことは、設問(二)で問われていた。

歴史というのはそうやって、人間によって選ばれ、一定の中心に向けて等質化されてしまう。たとえば、「私の人生」と「織田信長の人生」であれば、「私」にとっては、明らかに「私の人生」のほうが無限の深さと広がりを持っているが、同じように「年表」にまとめてしまえば、同じ質のものになってしまう。設問(三)で問われていたのは、このことである。

それらのことをふまえ、「傍線部エ」からは、「歴史には強迫的な性質が含まれている」と述べられている。「記憶」という大きな広がりの中から、代表的な価値観によって恣意的に選び取られた「歴史」が、そこに生きる人々の「生」を決定していくのだから、たしかに強迫的であると言えるだろう。

戦時下に生きる若者たちは、その国が選びとってきた「歴史」によって、戦争に行くことを「決定」される。たとえば「元寇」のときに激しい風が吹き、敵を追い払ったという「歴史」は、その他の似たようなエピソードと選択的に組み合わされることによって、「日本は神の国だ」というアイデンティティにつながり、第二次世界大戦において、兵隊たちが、「神風」として飛べと、特攻を命じられることへとつながっていく。

もっと些細な視野では、私たちは「靴を脱いで家に入る」という歴史を選択しているので、今でも「靴を脱いで家に入る」という「生き方」をほぼ強制的に決定されている。仮にかつて、「靴を履いたまま家に入る」という方式が採用されていたら、それが歴史となり、文化をつくり、逆に私たちに対し、「靴を履いたまま家に入る」という「生き方」を強制していたはずなのである。そういうことが、設問(四)で問われていたことだった。

「傍線部イ・ウ・エ」をまとめると、「歴史は、記憶の広がりの中から恣意的に選び取られてきたものであって、人間の生に対して決定力を持つ」というように言える。

「傍線部ア」で述べている「歴史」と、「傍線部イ・エ」で述べている「歴史」は、やや観点が異なる。「傍線部ア」では、「歴史は書いてあることやあったことだけではなく、書かれなかったことやなかったことやありえたことにまで支えられている」という、広義の「歴史」を意味している。つまり、あいまいな領域にまたがっている「歴史」のことである。

一方、傍線部「イ・エ」で述べられている歴史は、「傍線部ア」で述べられていた巨大であいまいな領域の中から、「とりあえずこれ! 今のところこれが歴史」と恣意的に選び取られたもの、そしてそのことによって私たちの生を決定している、狭義の「歴史」を意味している。

言い換えれば、「傍線部ア」の「歴史」は、あったこと、書かれたこと、なかったこと、ありえたこと、書いていないこと、などの中心でぼんやりとしている領域があるけれども、あくまでそれはぼんやりとしている領域であって、「ここからここまでが歴史だ」とはっきり言うことは本質的にできない、と述べている。

けれども狭義の歴史、つまり私たちが普段使用している「歴史」の概念は、その膨大な領域に何らかの線を引いてしまい、「ここからここまでが歴史だ」と暫定的に決めてしまっているのである。その時代の代表的な価値観によって、主観的・恣意的に、中心の外側にある「巨大であいまいな領域」を、「今のところいらないよ」とひとまず排除してしまうのである。そして暫定的に中心に画定した「歴史」によって、その国や社会に生きる人々は「生き方」を強制されていく、ということが、本文中盤の文脈である。

つまり、本文序盤で述べられていることは、「歴史は、あいまいで巨大な領域を本質的には排除できない(中心化できない)」ということである。

その一方、本文中盤で述べられていることは、「歴史は、ある時代、ある地域によって、あいまいで巨大な領域を暫定的に排除する(中心化する)」ということになる。

さて、本文ラスト3段落では、こう述べられていく。ここからが終盤である。

 「にもかかわらず、そのようなすべての決定から、私は自由になろうとする」

「そのような」は、中盤で述べられている、「その時代の価値観によって中心化された歴史」を受けるものであるから、そこから「自由」になる、ということは、「暫定的に決定されている恣意的な歴史」に縛られないということになる。つまり、「書かれなかった歴史」「選ばれなかった歴史」「ありえた歴史」という、あいまいで巨大な領域のほうへ目を向けていくということになるのである。

たとえば、明智光秀が、本能寺で謀反をはたらき、織田信長を「討った」という歴史に対して、光秀が思いとどまれば、「討たなかった」という歴史が存在したことになる。今となっては、「討った」ことになるが、その瞬間、まさに光秀が事を起こすか、起こすまいか思案している瞬間では、「討った」歴史も、「討たなかった」歴史も、存在しうるものであったことになる。ということは、「歴史」ということに対して、光秀は「自由」があったことになる。

それを「今」に当てはめれば、まさに「今」この瞬間の「私」の自由な意志が、未来においては「歴史」になる。「右に行こうかな、左に行こうかな」という「迷い」があり、結果的に「左」に行ったとしても、本質的な「歴史」は「左に行った」という事実だけを指すのではなく、「右に行こうかな」という「迷い」を含めて歴史である、ということになるのだ。

するとこう考えることができる。――たしかに私たちは「歴史」に「生」を決定されている。たとえば「家に入るときは靴を脱ぐ」という「歴史」の強制力によって、私たちは家に入るときは靴を脱いで生きている。しかし、「家に入るときは靴を履いたまま」という歴史が「ありえた」と考えることによって、私たちはその文化的強制から、心情的には少し自由になることができる。そのように、「ありえたかもしれない歴史」「選択されなかったほうの歴史」にまで目を向けることを、筆者は「自由」と述べている。その「自由」は、現在暫定的に採用されている強制力からの束縛を、緩める作用を持っているのだ。

終盤の文脈では、筆者は、この「自由」をとても大切なものとして位置づけている。「私は自由になろうとする」という言葉からも、この「自由」にとても大切な価値を置いていることがわかる。

なぜか? ――それは、「私」の現在の意志が、未来における「歴史」をつくる一要素となることが明らかであるからだ。本文ラストから3段落目「私の自由な選択や行動や抵抗がなければ、~そもそも歴史そのものが存在しえなかった」と箇所は、「私の意志」が、「歴史」というものに根源的にかかわっていることを述べている。

また、ラスト2段落目「そのような自由は、実に乏しい自由であるともいえるし、見方によっては大きな自由であるともいえる」という箇所は、自分の意志が、歴史というものに対して、決していつも乏しく関わるわけではなく、大きく影響を与えることもありうるということを述べている。

今まで述べてきたことをすべて踏まえて、「傍線部オ」が成立しているのだ

問いに戻って考えると、傍線部の「それら」が指している「無数の他者の行為、力、声、思考、夢想」は、画定できない領域に存在するあらゆるものであると考えることができる。つまり、序盤で述べられていた「書かれたこと、書かれなかったこと、あったこと、ありえたこと、なかったこと」などの「あいまいで巨大な領域」に、「無数の他者の行為、力、声、思考、夢想」が膨大に漂っているのだ。

その「痕跡」が歴史である、と筆者は述べている。「痕跡」は、「何かが存在したことを示す、あとかた」のことであるから、要するに、「無数の他者の行為、力、声、思考、夢想」の中から「あとかたとして残ったもの」を私たちは歴史と呼ぶのである。

しかし本文序盤で見てきたように、「無数の他者の行為、力、声、思考、夢想」の中には、「あとかたとして残らなかったもの」も数多く存在するはずである。いや、「残ったもの」よりも「残らなかったもの」のほうが圧倒的に多いことは明白である。

そしてその「残ったもの」と「残らなかったもの」の境界は、あいまいで、画定できない、というのが本文序盤で語られていたことであった。簡易的な例で言えば、たとえばこれから1年後に、今から千年前の遺跡が発見されたとする。発見の前まではその遺跡は「残らなかったもの」だが、発見後は、「残ったもの」のほうにカウントされることになる。

逆に、「残ったもの」の中で、嘘の資料が混じっていたことがわかり、その資料が燃やされ、数年後にはみんながその資料があったことを忘れてしまう可能性もある。するとその資料は、「残ったもの」から「残らなかったもの」へ移動することになる。

このように、「痕跡」が残るのか残らないのか、ということは、これから先の未来で変動していく可能性も大いに秘めているものであり、くっきりとした境界線を引くことはできないことになる。

したがって、歴史というのは、あくまで暫定的に中心化されているもの(とりあえず残っているもの)であり、その中心の外側には、「今のところ痕跡として残されていない膨大な記憶(無数の他者の行為、力、声、思考、夢想)」が、無限に漂っているのだと、筆者は述べている。繰り返すが、「中心」と「中心の外側」は、境界化することはできず、あいまいなつながりで連結されているのだ。

したがって、傍線部の「それら」という指示語は、

 (1)「痕跡」 = 中心化された記憶
 (2)中心の周辺に漂う、痕跡化されない膨大な記憶

の両方をセットで指していると考えることが妥当である。

以上の考察から、「それら」が指している内容としては、

「歴史は中心化された記憶であり、また、その周囲には膨大な記憶が広がっている」

というようなことが書ければよい。

では、そのことを踏まえて、「喜び、苦しみ、重さ」を解釈しよう。

もちろんこれらも、本文全体の要点から確認していく。

筆者は、歴史が個人の生を決定してしまう状況に対して、そこから自由になりたいと述べている。ということは、「歴史が個人の生を決定してしまう」という状況をあまりプラスでは捉えていないと判断できるので、このことを「苦しみ」と置き換えてみよう。逆に、そこからの「自由」を「喜び」と置き換えてみよう。

本文にはこれ以外に「喜び」「苦しみ」に該当しうる箇所が見当たらないので、「喜び」は「自由」であること、「苦しみ」は「歴史が生を決定してしまうこと」だと結論付けてよいだろう。各予備校も、そのあたりを関連させて解答を作っている。

ただし、ここを、「自分のみ」が「自由」であることの「喜び」、「自分自身」が「歴史に生を決定されてしまう」ことの「苦しみ」と解釈するのは、やや早合点である。もちろんそのことが「喜び」「苦しみ」の内容に含まれると見て問題はないが、文脈的にはそれだけではなさそうである。

そこには、自分自身だけではなく、「他者」の存在性も確固としてあるのだ。つまり、歴史の素材を作る「無数の記憶」において、言いかえれば、他者の「行為、力、声、思考、夢想」などの営為において、それがすべて本質的には「自由」であったことが、「喜び」の要因であると考えることができる。つまり、ここでは、自分自身だけの「自由」が語られているのではなく、歴史の素材は基本的にすべて「自由」であった、そこには、無数の他者の「自由」が散乱していた、ということである。その「他者の無数の自由」と、「自分自身の自由」とが、歴史の構成要素の根に共存しているということが、「喜び」の要因だと考えられる。だからこそ筆者は、「ともにある」という言葉を使っているのだと推論できる。

この「喜び」を、「自分自身にとっての自由」とだけ判断すると、「ともにある」という言葉が説明しきれないことになるので、やはりここは、自分を含めて無数の他者の「自由」が、歴史の構成要素として共存しているということに着眼しておきたいところである。

同様に「苦しみ」という感情も、「自分自身」が「歴史に生を決定されてしまう」ということだけではなく、「あらゆる個人(無数の他者)」それぞれが、「個人としての生を決定されてしまう」ということに対して用いられていると考えられる。

したがって、そのあたりは、「自分が自由」「自分が強制される」というようには書かずに、あらゆる個人が自由であり、一方では自由ではない(生を決定されてしまっている)という文意にしておくべきである。

最後の「重さ」は、「責任の重さ」と慣用的に使用されることからも、「責任」と捉えてさしつかえないだろう。何に対する責任かというと、それは文脈に沿って考えれば、個人の自由な意志が、積み重なってやがては歴史となり、それがやがては環境をつくり、いずれは誰かの生を決定する強制力を持つ、ということに由来する。

つまり、「自身の意志」は、まさに「未来における歴史」をつくる要素の一部なのであるから、そのことに責任が発生する、という解釈が成り立つ。

以上のことをまとめて解答を作ろう。

〈推奨答案〉
歴史とは膨大な記憶を周縁に置いて措定されたものであり、自身を含む無数の他者の共存的な自由を本質とするが、一方、集団の環境を構成することで個人の生を決定する力を持つため、個人の意志が、潜在的に関係する他者の生に関与する責任をも負うということ。120

〈採点基準〉⑧点
歴史とは
膨大な記憶を周縁に置いて措定されたものであり、        ②
自身を含む無数の他者の共存的な自由を本質とするが、      ②
一方、                  (対比的に書いていなくても問題なし)
集団の環境を構成することで個人の生を決定する力を持つため、  ②
個人の意志が、潜在的に関係する他者の生に関与する責任をも負う ②
ということ。

*(五)の120字問題は、「論点4つ×②点」くらいで採点されていると考えられているが、
 (一)~(四)に比べると、「同趣旨なら加点」の傾向が強い。
 (五)に関しては、ざっくりと自分の言葉にしなければならない部分が他の設問よりも多いと考えておこう。